タワー

吉川 「台風が近づいております。直ちに避難してください」


藤村 「ワシは引かんぞ! あと少しで完成なんじゃ」


吉川 「藤村さん、避難してください。ここは危険です!」


藤村 「しかしもう少しで幼い頃からの悲願が達成できそうなんじゃ」


吉川 「そんなこと言ってる場合ですか!」


藤村 「このトランプタワーが!」


吉川 「トランプタワー! よりによって今やるこっちゃない!」


藤村 「あと少し! あと少しで3段目に到達する……」


吉川 「いや、まだ全然じゃないですか。それだったら崩れても別にいいでしょ。すぐ再開できますよ。2分で再開できる」


藤村 「ダメなんじゃ、今この時を逃してはもうここまで来ることはできない」


吉川 「できるでしょ。ただメチャクチャ不器用なだけじゃないですか。その不器用さで危険を犯してまで今挑戦することじゃないでしょ」


藤村 「これを見ろ。このワシの手を!」


吉川 「震えてる……」


藤村 「昨日筋トレしすぎて手が震えるんじゃ」


吉川 「それは自業自得でしょ。なに不治の病みたいな悲壮感を出してるのよ。そんなの上手いこと調整しなさいよ」


藤村 「だが今日を逃してはダメなんじゃ! 明日では遅すぎる」


吉川 「なんでですか、別にいつだって挑戦できるでしょ」


藤村 「さっきちょうどインフルエンサーがトランプタワーを作ってバズってた。今なら便乗できる。しかし明日以降では機を逃すのじゃ!」


吉川 「どうでもいいよ、そんなの。志が低すぎるだろ。便乗しても対して伸びないよそんなの」


藤村 「バズりたい! できるだけ努力しないでバズりたいんじゃ!」


吉川 「よく真っ直ぐにそんなこと言えるな。まず避難してそこでやればいいでしょ」


藤村 「そんなことは百も承知。だが男には負けるとわかっていても戦わなければならない時があるんじゃ」


吉川 「たとえあったとしても、それは今じゃないですよ。この勝負に何の価値もない」


藤村 「それに避難先でトランプタワーなんてしたら周りからやいやい言われて集中できないし。上手いやつがアドバイスなんてしてきたら殴ってしまう」


吉川 「殴らないでくださいよ。蛮族なの? トランプタワーより大切なものの方が多いでしょ」


藤村 「お前にはわからんのじゃ。ワシのトランプタワーに賭けた情熱が!」


吉川 「情熱賭けてるんだったら3段くらいで苦戦してなくない? 向いてなさすぎる」


藤村 「子供が生まれたらトランプタワーという名前にしたいくらいじゃ」


吉川 「不憫すぎる。キラキラネームの比じゃないな。人権を無視してる」


藤村 「動くなよ。風で倒れるかもしれん」


吉川 「台風きてるんですよ。もう無理でしょ」


藤村 「あと少し、これで3段目……。あぁ!」


吉川 「あぁ!」


藤村 「……くっ、台風のやつめ! どこまで人を苦しめるつもりじゃ!」


吉川 「今のは藤村さんの不器用さのせいですよ。台風もそんな言いがかりはいい迷惑ですよ」


藤村 「何もかも失った……。もう生きていても仕方がない」


吉川 「たった3段のトランプタワーが何かもだったの? 人生が簡易包装すぎない?」


藤村 「避難所にトランプってあるのか?」


吉川 「多分誰か持ってますよ。でも遊んでる余裕なんてないですよ」


藤村 「そうか。そうだよな。みんな生きることで必死だ。ワシもトランプタワーの夢は諦めよう」


吉川 「そうしてくれるとありがたいです」


藤村 「避難所と言えばUNOだからな」


吉川 「何をどう諦めたんだよ!」



暗転

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