三本の矢

藤村 「親の遺産を相続したんだって?」


吉川 「そんな大層なもんじゃないよ。税金も大変だし」


藤村 「そんなお前に言っておきたいことがある」


吉川 「だから別に現金があるわけじゃないからね? 貸せないよ?」


藤村 「金の無心じゃない。ここに矢がある。これを折ってみろ」


吉川 「あ、知ってる。毛利家のやつだ。えいっ」


藤村 「簡単に折れたな。わかるか?」


吉川 「三本の矢なら折れないってやつだろ? つまり兄弟と仲良くってこと?」


藤村 「そうじゃない。一本の矢では容易く折れてしまう。しかし、そんな時のために、こちらの保険に入っていれば元の矢を保証し、なおかつ折れた際にささくれが刺さった怪我にも対応できる」


吉川 「ん? 何の話?」


藤村 「ぜひこの保険に加入していただいて。いつ矢が折れても安心な生活をしてもらいたい」


吉川 「保険? 保険の勧誘? 全然いらない。矢の心配は人生で一度もしたことないし」


藤村 「皆さんそう言うです。ただやっぱりいつ人生で白羽の矢が立つことがあるかわからないし、それが折れたら一大事ですよ」


吉川 「白羽の矢は慣用句だろ。実際に矢で射られるわけじゃない。そんなの傷害罪だよ」


藤村 「チェッ! ケチ!」


吉川 「遺産狙いの手法が特殊だな。だから別に金持ちになったわけでもないんだよ。土地なんか借り手もいないし固定資産税もかかるし」


藤村 「わかった。じゃあこの矢を折ってみろ」


吉川 「なんでまたその話になるの? 話を展開させるのに一回毛利を経由するのやめろよ」


藤村 「いいから。折ってみ」


吉川 「これ……。全然折れない。なにこれ?」


藤村 「カーボン」


吉川 「なんだよ? 何がいいたいの? 何を伝えたくてカーボン製の矢を俺に折らせようとしたの?」


藤村 「今ならこちらの絶対に折れない矢が、なんと一本10000円から!」


吉川 「買わないよ? 矢をそもそも欲しいと思ったことないから」


藤村 「でも白羽の矢がたつこともあるし」


吉川 「なんなんだその白羽の矢のたとえは。使い方も間違えてるだろ。なんで白羽の矢が立った時のためにカーボン製の矢を予め購入しておかなきゃいけないんだよ」


藤村 「あるにこしたことはなくない?」


吉川 「なくないよ。矢なんて。現代で必要な人ほとんどいないよ」


藤村 「チェッ! ケチ!」


吉川 「ケチとかそういう問題じゃないだろ。金をむしり取ろうとするなよ」


藤村 「ではこちらの矢を折ってみてください」


吉川 「短い! ダーツの矢!? もう毛利の話でもないよね?」


藤村 「かの毛利家で代々投げ継がれてきた由緒正しいダーツです」


吉川 「ダーツにそんなに由緒あるの? 折れないよ、こんな小さいの」


藤村 「ではこのダーツの矢を投げて当たったやつをプレゼントしてください。パージェーロ! パージェーロ!」


吉川 「東京フレンドパークⅡかよ。パジェロじゃないよ。やらないよ。こっちにメリット一つもないだろ」


藤村 「タワシでもいいから」


吉川 「なんでそこまでして欲しがるんだよ。なんでもいいから金出させたいだけだろ。ないんだよ、別に金は! 今までと同じように貧乏!」


藤村 「そうか。悪かったな。お前が遺産を相続したと聞いて、ついケツの毛までむしろうと考えてしまった」


吉川 「狂い方がひどいな。金はないけど、まあ今まで通りの付き合いってこと」


藤村 「そうか。じゃ、この矢も……」


吉川 「またかよ! こんなものいくらでも折れるって言ってるだろ!」


藤村 「あぁ!? それ二人で初詣に行ったときに買った破魔矢!」


吉川 「……お祓いっていくらくらいでできるんだっけ?」



暗転

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