メカニック

吉川 「さすが伝説と言われたメカニック。仕事が速いですね」


藤村 「いつの話をしてるんだ。やめてくれ。今は潰れそうな町工場のオヤジにすぎない」


吉川 「そんなことはないです! あなたに頼んでよかった。で、どうなりました? ボクの愛車は」


藤村 「おいおい。冗談はやめてくれ。あるじゃないか、目の前に」


吉川 「ま、まさか」


藤村 「どうだ? 震えるだろ?」


吉川 「え? このアニメの絵が全面にビッシリ描いてあるやつ!?」


藤村 「こいつはサービスだ」


吉川 「いやいやいや。やめてください。恥ずかしい! なにこれ! 痛車ってやつじゃん」


藤村 「震えてるな」


吉川 「そりゃ震えるよ。頼んでないもの。もっとこう走りに対してストイックでありたいんですけど!」


藤村 「もちろん、色々といじってあるぜ」


吉川 「色々いじられてもこれじゃ乗れないよ! こういうのってこのアニメが好きな人がやるからいいんじゃないの? 知らないもん、こんな女の子」


藤村 「シムーンだ」


吉川 「なにそれ! 当然みたいな顔で言わないでくれる?」


藤村 「2006年のアニメだ」


吉川 「古い! 中途半端に古い! 知らないし古いし、ファンに怒られて炎上するよ」


藤村 「もうファンもそんなにいない」


吉川 「どういうことだよ! じゃぁなんでこのアニメの痛車になってるんだよ」


藤村 「これから好きになればいいだろ? お前はあれか? 生まれた時からエンジンが好きだったのか? 足回りが好きだったのか?」


吉川 「すごい詰め方してくるなぁ。でも全然好きになれる気がしない」


藤村 「じゃあいいよ! わかった! 全部剥がしてやる。剥がして今度はお前の好きなものに変えてやるからな! 何が好きだ? 小籠包か? 全部小籠包にしてやる! 車まるごと!」


吉川 「すごいキレてる。そんなラッピング仕様の車も嫌だ。最近首都高で早い小籠包いるの知ってる? とか噂になりたくない」


藤村 「その点、シムーンならアニメだとわかってもシムーンだと気づく人は少ない」


吉川 「人気ないの?」


藤村 「人気とかの問題じゃない! そういうデリカシーのない発言はやめろ。良い作品であることだけ知ってればいい」


吉川 「あんたの個人的な思い入れじゃん」


藤村 「じゃあ、小籠包だよ」


吉川 「なんで二択なんだよ。世の中にはあらゆる可能性があるのになんでその二択なんだよ!」


藤村 「まぁエンジンかけてみろ。音でぶったまげるぞ」


吉川 「本当?」


   バーニラ♪ バニラ♪ バーニラ♪


吉川 「広告じゃねえか! 個人の車でこの音流してる人いないんだよ!」


藤村 「高収入だぞ?」


吉川 「だからなんなんだよ! 俺に収入が入るわけじゃないだろ。こっちは走りの芸術を目指してるんだよ!」


藤村 「シムーンで?」


吉川 「なに半笑いで言ってんだよ! それはお前のせいだろうが! 最悪だよ。こんなメカニックに頼むんじゃなかった」


藤村 「だから言っただろ。俺はしょせん潰れそうな町工場のオヤジだって」


吉川 「謙遜かと思ってたよ。思い知ったわ」


藤村 「じゃ、お前もガソリン入れてくか?」


吉川 「カジュアルに飲酒に誘うなよ! それだけは走り屋に絶対言っちゃいけない一言!」



暗転

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