山月

吉川 「その声は、わが友、李徴子ではないか?」


虎  「は?」


吉川 「あ、違った? ただの虎か」


虎  「え? なに? どういうこと?」


吉川 「いえ、すみません。昔の友達かと思って」


虎  「あー、そういうこと。昔虎と友達だったってこと?」


吉川 「いいえ。友達は人間でした」


虎  「は? 意味がわからないんだけど」


吉川 「だからその友達が虎になっちゃったのかなぁって」


虎  「なっちゃうって何? 虎になっちゃう病気みたいの?」


吉川 「いえ、なんとなくなったのかなぁ、って」


虎  「なんとなくはならないよね? 虎は虎だから。人間は人間。コスプレとかの話?」


吉川 「そういうのでもなくて」


虎  「じゃ、なんなの!? 人間が虎になる? 割とよくある話なの、それ」


吉川 「ボクも聞いたことないです」


虎  「だったらなんでそう思ったんだよ! 気持ち悪いだろ。頭がメルヘンチックなのか?」


吉川 「そういうものなのかなーと思っちゃいまして」


虎  「そういうものではないだろ? 人間が虎になる理屈ってこの世に存在しなくない?」


吉川 「ないです」


虎  「ないよね? わかってるよね。わかった上で、ひょっとしたら旧友かなって虎を見て思ったの?」


吉川 「声が似てた気がして」


虎  「いや、こっちは虎よ? 似てても虎の時点で普通は『あ、虎だ』って思わない? 『昔の友達が虎になったのかな?』ってどういう発想? 声の似てる人ってみんな同一人物が変化した姿だと思ってるの?」


吉川 「だからすみませんって言ってるでしょ。人違いでした。すみませんでした!」


虎  「なに逆ギレしてんだよ。怖いな。虎に対して元人間かなって思う時点で相当怖いし、逆ギレするし、尾を踏むやつより怖いよ」


吉川 「なんすか? じゃ、どうすりゃいいんすか? 金っすか?」


虎  「金とかじゃねーよ。もういいよ。関わり合いたくないよ。どっか行ってくれよ」


吉川 「別にこっちが虎を見るのは自由だろうが。虎にあれこれ言われる筋合いはないね」


虎  「見られてる俺が嫌だつってるの! なに、その頑なな精神。相手の気持になって考えるとかできないの?」


吉川 「知るかよ、そんなこと」


虎  「お前の旧友も可哀想だわ。はっきり言ってお前みたいのと付き合うの嫌気が差してただろうよ」


吉川 「だから虎になったのか?」


虎  「虎にはならねぇよ! 虎は虎! 生まれた時から虎! 人は人! そんな簡単なことが理解できませんか?」


吉川 「それはそうだけど、例外もあるかもしれないだろ!」


虎  「ないよ! 途中で虎になるってどういう成長の仕方だよ。ないんだよ。夢見がちなのも大概にしろよ。虎にここまで言わせんなよ!」


吉川 「だったとしてももう少し優しい言い方してもいいだろ」


虎  「なんだよそれ。虎に求め過ぎだよ。何もかも虎が解決できると考えるなよ。自分の言ってることの無茶苦茶さを自覚しろよ。もう関わり合いになりたくないよ」


吉川 「こっちだって願い下げだよ! バーカ! バターになっちまえ!」


虎  「だからならねぇって! どんな世界観してるんだよ!」



暗転

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