人質

藤村 「私を人質にしても無駄ですよ」


吉川 「うるさいっ! お前は黙ってろ!」


藤村 「いいえ、黙りません。考え直すべきです」


吉川 「うるせーんだよっ! ぶっ殺すぞ!」


藤村 「わかりました。どうぞ殺してください」


吉川 「この野郎、俺が本気じゃないとでも思ってんのか!」


藤村 「私なんてね、死んだっていい人間なんですよ」


吉川 「なんだって?」


藤村 「私なんかのために身代金を用意するやつはいませんよ」


吉川 「お前、なにかしたのか?」


藤村 「なにかですって? 強いて言えば生きてる事自体が罪ですよ」


吉川 「どういうことだ?」


藤村 「私は一族の面汚しですから。私が死ねば喜ぶ人間だらけだ。それなのに私のために身代金なんて用意すると思いますか?」


吉川 「……そうなのか?」


藤村 「内心ではみんな私が誘拐されて快哉を挙げてるくらいですよ」


吉川 「そうだったのか。だけど、身代金は用意すると言っていたぞ」


藤村 「そりゃ体面を気にする家風ですからね、用意しませんとは答えないでしょう。だけどなんやかんや言い訳を付けて払わないはずです。贋金かもしれない」


吉川 「なんだって!? だけど一体なんで、そんなに嫌われてるんだ?」


藤村 「さぁ、家の名前を守ることだけに執着した奴らの考えなんてわかりませんよ。幼い頃からあらゆる楽しみを奪われて、気が休まる瞬間といえばVチューバーの配信を見てる時くらいです」


吉川 「そんな境遇だったのか……」


藤村 「やっぱりスパチャ総額が億を超えたときは生きてるって感じがしました」


吉川 「お、億!? スパチャで? 億って1億円の億?」


藤村 「昔の話ですよ。今はもう10億はいってます」


吉川 「身代金より高いじゃん! 面汚しだろ、それはもう」


藤村 「資産家の息子なんてそんなものですよ。弟なんて起業して数十億は潰してます。それに比べれば私なんて」


吉川 「いや、そうかもしれないけど。スパチャで? 印象はそっちの方が悪いよね」


藤村 「姉はまたバッグを買ってましたよ。ブランド物の」


吉川 「そういう金持ちの話はムカつくけど、スパチャで億の話聞いたら全然こたえないわ」


藤村 「あとうちの家政婦だって、わざわざ高いジャージー牛乳買ってくるんですよ。298円の。168円の牛乳が隣で売ってるのに」


吉川 「いいだろ。そのくらいの贅沢は。金持ちなんだから」


藤村 「だったら私だって文句を言われる筋合いはない!」


吉川 「あるよ! そこはきっちりとあるよ」


藤村 「それに私は一族の中では背も低いし醜いと言われてきました。だから憎まれてるんですよ」


吉川 「それはもう関係ないな。スパチャだよ。見た目の欠点はもう別に気にならないレベルだもん」


藤村 「幼い頃からすべてを奪われて密やかな楽しみに興じることがそんなに悪いことですか!?」


吉川 「密やかじゃないよそれは。かなり大々的だよ。そこまで豪遊する人間は世界でも一握りだもん」


藤村 「私だって好きでやってるわけじゃないんだ!」


吉川 「そうなのか?」


藤村 「いや、好きだけど。可愛いけど。今だって彼女は私を求めてるんだ!」


吉川 「お前のスパチャをな。お前自身はまったく求めてないと思う」


藤村 「そう。私はもうここで死んだものだと思ってます」


吉川 「殺さないよ、別に。罪重くなっちゃうし」


藤村 「なのでここでバ美肉します」


吉川 「なに? 特殊な表現を使わないで! 平易な義務教育で習う言葉を使って!」


藤村 「Vチューバーになります! そしてスパチャで身代金なんて超えるくらい稼いでやりますとも!」


吉川 「真っ当に一族の面汚しだなぁ」



暗転

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