編集者

藤村 「先生、ご相談があります」


吉川 「次回の打ち合わせ? 今回ちょっと早いね」


藤村 「いえ、昨日原稿をいただきましたよね」


吉川 「うん。渡したよ? ひょっとして何かあった?」


藤村 「いえ、何かあったというわけじゃないんですが。グチャグチャになっちゃいました」


吉川 「何かあってるじゃん! なんで一回否定したんだよ」


藤村 「不安がらせるといけないと思いまして」


吉川 「結果的にこっちの情緒が乱れてるんだから、そのワンクッション意味ないだろ。なんでグチャグチャに!?」


藤村 「昨日私は受け取りましたよね? 玉稿承りました! と気合を入れて」


吉川 「そう、気合はいってたよ。なのになんで!」


藤村 「その後に、これはもう運が悪いというか、こんなことありうるのかというようなタイミングの悪さで」


吉川 「事故にあったの? 大丈夫?」


藤村 「いいえ。事故じゃないんです。普段なら絶対にありえないんですが、たまたまその時にちょっとコンビニで横入りされてイラついちゃいまして」


吉川 「はぁ」


藤村 「そのイラついた気持ちのまま原稿を確認したら、芸術家っぽい感性が働いてしまいまして。こんな作品は駄作だー! と気づいたら原稿がグチャグチャにされてました」


吉川 「されてましたってお前がしたんだろ?」


藤村 「誰がやったとかじゃなくて、今わかってることは原稿がグチャグチャになってるということだけです」


吉川 「犯人もわかってるだろ。お前だよ。なんで芸術家っぽくするの? それも人の作品で」


藤村 「私は編集者として先生と二人三脚で頑張ってます。この作品も、自分の作品だと思って全精力を傾けてます」


吉川 「思うのは勝手だよ! だけど俺の作品だろうが。お前のじゃない。少なくともお前だけのものじゃない!」


藤村 「しかしお言葉を返すようですが、良い作品というのは読者皆さんのものでもあるわけです」


吉川 「お言葉を返すなよ! 俺の作品だよ! そんな口当たりのいい言葉で納得すると思うか? お前がグチャグチャにしちゃダメだろ」


藤村 「ただ一つだけ言わせてもらうならば、先生がデジタル化に移行できていればこのような不幸な事故は起こらなかったわけです」


吉川 「言うに事欠いて俺を責めてるの? どの口が?」


藤村 「おちょぼ口ですけど」


吉川 「形状は聞いてないよ。今回の件は全責任がお前だけにあるだろ?」


藤村 「どうでしょうね? それに関しては裁判で戦ってもいいですけど、そんなことの前に締め切りが来てしまうんですよ。いいんですか?」


吉川 「良くないよ! なんで急に編集者としての使命を全うする気概を見せてるんだよ!」


藤村 「敏腕編集者としてこの状況を放っておくわけにはいきません!」


吉川 「この状況にしないやつが敏腕編集者なんだよ! いや、むしろ普通のレベルでもしないよ!」


藤村 「先生ならこのピンチをチャンスに変えることもできると思います。そのための編集者です!」


吉川 「なんで前のめりで来るんだよ。わかったよ。描くよ」


藤村 「それでこそ先生! 私は編集者として信じてました。こうして一度は筆を折りかけた先生を再び奮い立たせたエピソードは私の敏腕編集者人生で何度も繰り返し語られることでしょう」


吉川 「そんなエピソードのために……。クソォ、そんなエピソードは、駄作だー!」


藤村 「あー! なんで原稿をグチャグチャに!」


吉川 「これ意外と気持ちいいな」


藤村 「でしょ?」



暗転

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