美味しく食べました

吉川 「うぷっ……」


藤村 「おい! 吉川、何だその顔は。もっと美味しそうに食え!」


吉川 「ぅう。……はい」


藤村 「美味しい! ってちゃんと一口ごとにコメントをしろ」


吉川 「おい……しー」


藤村 「顔が全然美味しそうじゃないんだよ。普通は笑顔がこぼれるだろ」


吉川 「だってこれ、まず……」


藤村 「そういう事を言うな! 美味しく食べるんだよ!」


吉川 「でも苦手なんすよ」


藤村 「我慢しろよ! 『あとでスタッフが美味しく食べました』ってテロップ表示しちゃうんだから」


吉川 「スタッフが食べましたってことでいいじゃないですか」


藤村 「美味しくって書くんだから美味しく食べるしかないだろ。いいのか? 美味しく食べてないことがバレたら大炎上だぞ?」


吉川 「美味しさ加減は個人個人のものじゃないですか。他人から強要されるものじゃないですよ」


藤村 「お前の味覚がどうあろうと、美味しく食べるんだよ。スタッフなんだから」


吉川 「藤村さん全然食べてないじゃないですか!」


藤村 「俺はほら、ヴィーガンだから」


吉川 「なんすかヴィーガンってズルいっすよ。野菜もありますよ。ナスとか」


藤村 「ヴィーナスでもあるから無理だ」


吉川 「なんすかヴィーナスって。そんな女神感ないくせに」


藤村 「あるだろ。熟れ熟れわがままボディだろうが。豊穣の女神のように」


吉川 「それは中年太りっていうんですよ。食べてくださいよぉ」


藤村 「しょうがないだろ。ヴィーガンの厳しい掟があるの」


吉川 「え、でもこの間打ち上げで焼肉食べてたじゃないですか?」


藤村 「あれはほら、時間外だから」


吉川 「時間外って何? ヴィーガンってそういうシステムなんすか?」


藤村 「勤務中はヴィーガンなんだ。そういう契約で働いてる」


吉川 「そんな契約あるなら俺もしたいっすよ。毎回毎回残り物を美味しく食べろって言われて。好き嫌い多いのに」


藤村 「好き嫌いはよくないな」


吉川 「無理やり人に美味しく食べろって強要する会社の人に、そんな良識を諭されたくないですよ!」


藤村 「強要っていうのは人聞きが悪いな。スタッフは美味しく食べるものだろ」


吉川 「嫌いなんですって! 美味しくないんですもん」


藤村 「こら! そんな迂闊なこと言うなよ。文春に挙げられたらどうするんだ。『スタッフ! 美味しく食べてなかった』と総スカンだぞ」


吉川 「美味しいか美味しくないかでそんなに怒られます? 他人が美味しく思おうがどうかいちいち気にしてる人ってヤバい人ですよ」


藤村 「わかった。俺も少しだけ美味しく食べてやるから。ちょっとよこせ」


吉川 「お願いします」


藤村 「いや、そんなにいらない。一口でいいんだよ。なんでここぞとばかりに盛って。食べ盛りの中学生男子じゃないんだから」


吉川 「美味しく食べてください」


藤村 「ナス入れるなよ! ヴィーナスなんだから」


吉川 「ヴィーナスじゃないでしょ」


藤村 「ん……。いや、これ。そもそも美味しくないな」


吉川 「そうなんですよ。好き嫌い以前の問題で美味しくないんですよ」


藤村 「これは『あとでスタッフが美味しく食べました』というテロップを修正する必要があるくらい美味しくないな」


吉川 「修正できるならしてくださいよ」


藤村 「いや、でも定型文だから。むしろそこを変えて『スタッフが様々な思いを抱えながらなんとか飲み込みました』って出たらお店に迷惑がかかるだろ?」


吉川 「そんなバカ正直に思いを述べなくてもいいんじゃないですか? 『スタッフが食べました』で」


藤村 「それだと俺たちスタッフがあんまり仕事してなさそうで悲しいじゃん」


吉川 「『美味しく』も変わらないでしょ。美味しく食べるのが仕事と思われても嫌だし」


藤村 「じゃ間を取って『美味しいスタッフが食べました』にするか」


吉川 「どんなスタッフですか。カンニバリズム?」


藤村 「『熟れて美味しい食べ頃のスタッフが処理しました』にしよう」


吉川 「なにそれ、ベテランのグラビアアイドルのコピーみたいなの。そんな風に思われるの嫌ですよ。だいたい食べ要素がスタッフ側に行っちゃったせいで捨てた感じになってるじゃないですか」


藤村 「もう食べたくない。ギブ」


吉川 「どうするんですか。全然美味しく食べられてないですよ。炎上するんでしょ」


藤村 「もう『豊満わがままボディのスタッフが食べ頃でした』というテロップで乗り切ろう」


吉川 「それで乗り切れるんだ……」



暗転

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