のど自慢

吉川 「ドキュメントおじさんののど自慢、今回の出場者は藤村さんです」


藤村 「よろしくお願いします」


吉川 「それでは藤村さんの半生を振り返ってまいりましょう。資料を読ませていただきます。藤村さんは4000グラムのビッグベイビーとして生まれました」


藤村 「大変な安産であったと聞いてます」


吉川 「そして大きかった赤ちゃんの藤村さんは幼い頃からその頭角を現します。生後2日目にしてダブルピースを習得。さらに次の日には3ピースまでできるようになりました」


藤村 「平和に対する関心が人よりも早かったようです」


吉川 「そんな順風満帆に見えた藤村さんの人生ですが、ここで急転してしまいます。大好きだった産院の方々との悲しい別れが待っていました」


藤村 「後にも先にも、あの時ほど泣いた退院はありませんでした」


吉川 「そして藤村さんに転機が訪れます。5日目にして初めて粉ミルクを飲み、それ以来欠かせないものとなっていったのです。……あの、藤村さん?」


藤村 「はい」


吉川 「あの、この資料読ませてもらってるんですが」


藤村 「はい」


吉川 「全然進まない。これだけ読み進んでまだ生後5日目」


藤村 「我ながら波乱万丈ですね」


吉川 「これ半生を振り返る番組なんですけど、このペースだと大河ドラマみたいになっちゃいます」


藤村 「でも6日目と7日目はそれほど大きな事件もないので」


吉川 「8日目はあるのか。細かすぎる。今までの出場者はこの段階でほぼ現在の姿が見えてきてるのよ。もう半生の語りしろは5分くらいしかないんだから」


藤村 「わかりました。では一週間飛ばしましょう」


吉川 「短えって! たった一週間で苦渋の決断みたいに言うなよ。このままじゃ一歳の誕生日を迎える前に曲の紹介に入っちゃうよ」


藤村 「でも自分の人生ながら見どころ満載で」


吉川 「まだ物心もついてないくせに満載するなよ。ざっくりでいいんだよ。ざっくり悲劇的な部分だけ。視聴者の喜びそうなところだけで」


藤村 「それでしたら生後12日目に悲劇的な別れがあります」


吉川 「ないんだよ! 生後12日目に人生に傷を残すような別れなんてない! 覚えてないだろ」


藤村 「すごい号泣したんですけど?」


吉川 「泣いてるよ生後12日目は。どんな赤ちゃんもみんな泣いてる。悲しみも喜びも全てひっくるめて泣いてる。12日目の別れよりも大きな起伏はあるだろ、この年になるまでには」


藤村 「いやぁ、あの時ほどの悲しみはちょっと」


吉川 「逆になんでないんだよ。平坦すぎるだろ人生が。生後12日目のイベントを超えてないの? もう感情が無のままこの年まで成長したの?」


藤村 「割とポジティブな方なので」


吉川 「忘れちゃってるのか。だったら12日目のことも忘れろよ。そもそも覚えてはないだろ。聞いたんだろ、誰かから。思い出話として」


藤村 「いや、人の人生に対して色々言いすぎじゃないですか? いいじゃないですかどんな人生だって。私はこの番組で視聴者を盛り上げるために生きてるわけじゃないんです。どんなものだって私の大切な人生なんだ!」


吉川 「……そうですね。大変失礼しました。少々言葉が過ぎたようです。陳謝します」


藤村 「わかってくれればいいです」


吉川 「ではその後の藤村さんの半生ですが、生後2週間目にしてイヤイヤ期に突入。以降そのまま現在までイヤイヤ期を継続中です。それでは歌っていただきましょう。曲はスキャットマン・ジョンでスキャットマン」


藤村 「スキャバラボビーバッパパラッポ」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る