廃墟

吉川 「本当に来ちゃったのか。ここはマジで出るって話だぞ」


藤村 「ビビってんのか? 出るって何が出るんだよ。おしっこが漏れそうってことか?」


吉川 「そういう態度が良くないよ。だいたいホラー映画だとそうやって舐めた態度のやつがひどい目に合うんだから」


藤村 「だって廃墟ってただの朽ちた建物だろ? 命の危険から言えば毒を持った虫や植物や猛獣がいるジャングルのほうがよっぽど怖いじゃん」


吉川 「ジャングルはさぁ、どっちかというと肉体的な怖さじゃん。廃墟は精神攻撃だから。呪文とか使ってくる敵だからレベルが一段上なんだよ」


藤村 「そんなのは全部迷信なんだよ。英語で言えばメイソンだよ」


吉川 「迷信の英語訳はメイソンじゃないよ」


藤村 「そもそも死んだやつが気軽に出てくるシステムだったら人が死んでも悲しくないだろ。会えないから悲しいんじゃないか。エルビス・プレスリーだってマイケル・ジャクソンだって会えるものなら会いたいよ」


吉川 「廃墟に出てくるのはまた別のタイプじゃん。そういう有名人オバケじゃないんだよ。もっと無名の、一般の方として出てくるから怖いんだよ」


藤村 「お前は普段すれ違う一般の方に怯えながら生きてるのか?」


吉川 「生きてる一般の方は大丈夫だよ。でも死んだ一般の方はなにか主張がありそうで怖いじゃん」


藤村 「俺は生きてる殺人鬼の方が怖いけどな」


吉川 「そりゃ怖いけど生きてる殺人鬼に会う機会ないだろ! そんなピンポイントで怖がれるか」


藤村 「ふっふっふ。はたしてそうかな?」


吉川 「なに? どういう意味だ?」


藤村 「なんでお前をこんな廃墟に連れてきたか」


吉川 「ま、まさか。そんな……!?」


藤村 「俺が……。マイケル・ジャクソンだ」


吉川 「違うよ? マイケル・ジャクソンのわけがない。この世のあらゆることを疑ってもお前がマイケル・ジャクソンじゃないことだけは真実だよ。デカルトさんもきっとそう言う」


藤村 「ポーッ!」


吉川 「ポーじゃねえよ。うるせえんだよ。廃墟で響くんだから」


藤村 「はっ!? 俺は今いったいなにをしてたんだ!? 異常にステップが軽やかだった気が」


吉川 「取り憑かれた風で切り抜けようとしてる? それは無茶がすぎるよ。マイケル・ジャクソンの要素全然なかったよ」


藤村 「本当だよ? 記憶がちょっと飛んでる」


吉川 「よしんば取り憑かれたとして、マイケル・ジャクソンがこんな廃墟にいるわけ無いだろ。それはマイケル・ジャクソンのそっくりさんだ」


藤村 「なんで断言できるんだよ。お前はマイケル・ジャクソンの何を知ってるんだ? 真実のマイケル・ジャクソンの姿を理解してるのか?」


吉川 「してないけどわかるだろ。むしろそこまでハードルの高い証明じゃないよ」


藤村 「わかったわかった。降参だよ。お前の鋭さには参るぜ。俺はただのエルビス・プレスリーさ」


吉川 「開き直りの角度が広すぎる! 全開で開いたな。マイケル・ジャクソンじゃなけりゃエルビス・プレスリーという二択じゃないぞ。人類はその二種類しかいないわけじゃないから」


藤村 「ラブ・ミー・テンダー?」


吉川 「ヘイト・ユーだよ。お前にラブする理屈が一個もない。そもそもあんまりエルビス・プレスリーのこと知らないだろ?」


藤村 「なに言っテンダー?」


吉川 「エルビスはそんなダジャレ言わないよ! 語尾がテンダーで押し切ろうとしてる? なにその気持ち悪いキャラ付け」


藤村 「はっ!? いったい俺はなにをしテンダー?」


吉川 「いや、まだ抜けてないだろ! 取り憑かれてるのかどうかの設定もちゃんとしてない。エルビスの襟足が残っちゃってるよ」


藤村 「ふふふ。今までのは冗談だ。せめて死ぬ前に楽しい気分にさせてやろうと思ってな」


吉川 「うそ!? ま、まさかお前は……」


藤村 「そうさ。運悪く会っちゃったな生きてる殺人鬼に」


吉川 「なんで……。なんでだよぉ! 嘘だと言ってくれ!」


藤村 「これが真実さ。これでお前もおしマイケル」


吉川 「マイケル残っちゃってるよ!」



暗転

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