通
吉川 「あれ? これって……」
藤村 「さすが! おわかりになりましたか! 通常は機械で仕上げるところを、これは職人が一つ一つ手仕事で仕上げているんです」
吉川 「ですよね。やっぱりちょっと違うなって気がして」
藤村 「やはりお客様は通ですね。こういう細かい所に気づいていただける方相手てですと私どもも気が引き締まります」
吉川 「いやぁ、それほどでも」
藤村 「もちろん気づかないお客様もいらっしゃいますし、どんなお客様でもありがたいものですが。通なお客様が相手ですとやる気が出ますね」
吉川 「気になってたんだけど、入ってくる時になっていた音……」
藤村 「まさか! お気づきになられましたか!? 実はこれプロの演奏家に録音してもらったものなんです。たださすがプロだけあって自然に調和してるのでほとんど気づかれないんですよ。これに気づいたのは今までで3人目ですよ」
吉川 「やっぱりねー。かすかな違和感というか。本当にかすかなものだったけどね。まぁ、普通の人は気づかなくてもしょうがないですよ、これは」
藤村 「ではお客様お料理の方に移ってよろしいですか?」
吉川 「はい」
藤村 「本当にいいですか? もう進んでしまって」
吉川 「ん?」
藤村 「いえ、かまわないのでしたら進めさせていただいて……」
吉川 「あー! これか! これね。気づいたなぁ。うん。あー、これね。えーと……。テーブル……?」
藤村 「……」
吉川 「……ではなくて。この器?」
藤村 「さすが!」
吉川 「ねー! この器! 持った瞬間にわかりましたよ。もう握り心地が違う!」
藤村 「いえ、握り心地の方は一緒なんですが……」
吉川 「そう! 握り心地は同じなのになぜか違う! これは、えっと……いいものですね」
藤村 「はい。柄のほうが」
吉川 「そうです。これが只者じゃないと思ってました。気づかずにはいられない。もう最初からこれしかないと思ってました」
藤村 「これしか?」
吉川 「違うな。これ以外にもありますよね。あるなー。気づいちゃうな、通だから」
藤村 「そうですか。特にどちらが気になります?」
吉川 「その~、いちいち一つずつ言っていてもね。これはもうキリがないから。あえて言いませんけど。言いませんけど気づいてはいます」
藤村 「そうですか、やはり違いますねー。ではそこであえて一つだけいうならどれですか?」
吉川 「いや、言いませんよ。そういうのをひけらかさないのも通のたしなみですから。むやみやたらに言うのは品がない。ここは断腸の思いで言わない!」
藤村 「なるほど。やはり他の方とは一味違いますね。ではお料理の方にうつらせていただきます。まずはこちらから」
吉川 「あぁ、素晴らしい。彩りといい、香りといい。これは旬なんですかね、季節を感じます」
藤村 「これは冷凍のやつを業者から仕入れてチンするだけなんで、一年中ですね」
吉川 「あ、冷凍。まあそういうのも、あるとね。気負いすぎないで食べられるんで。いいですね」
藤村 「おや? ひょっとして気づかれてる?」
吉川 「……もちろん? 気づいてますよ? 一口目ですぐに気づきましたよ」
藤村 「あー、やっぱり気づかれましたか。よろしいですか?」
吉川 「いやいや、全然いいですよ。素晴らしい」
藤村 「気づかれてるんですよね?」
吉川 「気づいてますとも」
藤村 「どの辺りかお伺いしても?」
吉川 「そういうのは、言うと野暮だから。気づいているということがお互いにわかっていればいいわけで」
藤村 「さすがお客様、通でらっしゃるから。助かります。他のお客様は『傷んだもの出すな!』なんてすごく怒るんですよ」
吉川 「あ、ホントだ。糸引いてる」
暗転
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