通訳
通訳 「弊社は御社に対し、非常に強い懸念を抱いています」
吉川 「そうですか。私どもとしては事を荒立てずになんとか収めることができればと考えているのですが」
通訳 「とにかく懸念がめちゃくちゃ強いです。全盛期のヒョードルくらい強いです」
吉川 「全盛期のヒョードル? そうですか。あんまり格闘技に詳しくないのでわからないのですが」
通訳 「なんと言っても全盛期のヒョードルはパンチスピードが段違いですから。見えないし当たったら確実に倒れる。まさにモンスターですよ」
吉川 「え? ヒョードルの話をしてるんですか? 弊社との相互関係の補強の話じゃなくて?」
通訳 「そのくらい強い懸念ということです。もうとにかく負け知らずですから」
吉川 「負け知らず? 本当にそう言ってるんですか?」
通訳 「もちろんです。そんな風に疑うなら提携の話はジ・エンドです」
吉川 「ジ・エンド? 今、ジ・エンドって言ってました? 通訳の方が勝手に言ってませんか?」
通訳 「この通訳は完璧に訳してる。もっとギャラを上げないとおかしいレベルだ」
吉川 「……それは誰の意見ですか?」
通訳 「もちろん我々の意見だ。我々というのは弊社の我々で通訳にまったく意志はない」
吉川 「はぁ。通訳の方の意志はまったく入ってないんですね」
通訳 「その通りだ。あとお茶のおかわりを」
吉川 「え? 飲まれてないじゃないですか?」
通訳 「通訳のお茶のおかわりを要求する」
吉川 「あぁ、それは気づきませんですみませんでした」
通訳 「通訳は喉が渇くんだからちゃんと気を配って欲しい。あとギャラも上げてあげるべきだ」
吉川 「なんかちょっと気になるんですけど。こちらの言う事はきちんと訳していただいてるんですよね?」
通訳 「もちろんだ。ヒョードルの強さを知らないあたりに強い懸念を抱いてる」
吉川 「ですが会社同士の提携の話ですから個人的な好悪に関しては一旦脇に置いておいて頂きたいと思います」
通訳 「なんかお茶ばっかり飲みすぎてお腹カプカプになってきちゃった。普通気を使ってなにかお茶菓子とか用意しないか?」
吉川 「え? 飲まれてないじゃないですか」
通訳 「通訳のお茶菓子がない。通訳は甘いものが好きなんだからなにか用意するのは常識だ。次回以降はちゃんとして欲しい」
吉川 「すみません、今ちょっと用意させます。でもなんか今の通訳さんしか喋ってない気がしたんですけど、訳したんじゃなくてそれは通訳の方の気持ちということですよね?」
通訳 「この通訳の仕事は完璧だ。もっとギャラを上げなければならない。そうでなければ提携の話はおしまいだ」
吉川 「言ってます? 語調が通訳の方とだいぶ違う気がするんですけど」
通訳 「それ以上言うならばこの話はおしまいだ。当方は誠に憤慨している。早急に謝罪を要求する」
吉川 「ニコニコしながらそんなこと言ってるんですか? 意訳なら意訳でいいんですけど、本当にそう言う事を言ってます?」
通訳 「そっちがそのつもりならもうこの話はご破算だ。失礼する!」
吉川 「そ、そんな……」
通訳 「……」
吉川 「……」
通訳 「……」
吉川 「……あの。失礼するって言いながら別に出ていったりしないのですか?」
通訳 「失礼するぞ? もういつでも失礼できる状態だ。御社がどうにかしないと、本当に失礼しちゃうからな!」
吉川 「わかりました。上のものと相談して後ほどご連絡をさせていただきます」
通訳 「後ほどじゃダメなんだよ。今失礼するかどうかの瀬戸際なんだから。もうギリで失礼しちゃってるからな。失礼しかけちゃってるから」
吉川 「わかりました」
通訳 「何もわかっちゃいない。今、通訳のパワーで抑えてるが、それが外れたらすぐに失礼しちゃう状態だから」
吉川 「そんなパワーを使ってたんですか? 大丈夫です。別の機会で」
通訳 「なんとか通訳のパワーで持ち直した。これが最後の通告だ」
吉川 「と言われましても、こちらの方も上の指示を仰がねば回答しかねますので、また機会を改めてということで」
通訳 「わかった。今回の会合を弊社としては遺憾に思っている。それでは失礼する」
吉川 「……」
通訳 「……」
吉川 「……」
通訳 「……」
吉川 「あの、通訳の方は帰らないんですか?」
通訳 「通訳の分のお茶菓子を用意するとさっき言っていたので」
吉川 「やっぱりお前の意志かよ!」
暗転
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