割り

吉川 「先生! 先生ほどの達人となれば、この分厚い板を拳で割ることもできるのですか?」


藤村 「容易いことだ。しかし板は反撃してこない。しょせんそんなものは見世物にすぎない」


吉川 「それは重々承知です。その上で、あえて割ってみてもらえませんか?」


藤村 「わかってるのか? 見世物じゃないんだよ」


吉川 「そこをなんとか!」


藤村 「どうしても板を割ってほしいのか?」


吉川 「はい!」


藤村 「わかった。その板を貸しなさい」


吉川 「はい。……え? 先生、どこへ?」


藤村 「(チョエアー!)……はぁはぁ。どうだ、割ってきたぞ」


吉川 「いや、割ってきたって。なんで隣の部屋でやったんですか?」


藤村 「見世物じゃないと言っただろ」


吉川 「確かに言いましたけど。でも目の前で割ってくれると思ったので」


藤村 「板を割りたかったんだろ? 割ったじゃないか。なにがいけない?」


吉川 「なんというか、板を割る先生の動きを見たかったわけで。別にDIYを目的でやってるわけじゃないので割れた板を渡されても困ります」


藤村 「DIYじゃなかったの? ちゃんとそういうのは言ってくれなきゃ。俺はてっきりカントリー風の素敵な棚でも作るのかと思って」


吉川 「話の流れ的にそうは思わないでしょ。よかった、予備を持ってきて」


藤村 「予備? なに持ってきてるの? あのな! 予備って考え方がダメ。勝負ってのは何でも一度きりなんだよ。殺されたけど次にやれば勝てるなんてものはないの。そういう考え方がいけない。人生に予備はない!」


吉川 「でも板に予備はあります」


藤村 「板って人生だからな!」


吉川 「……どういうことですか?」


藤村 「どうとかいう問題じゃないんだよ。そうやってすぐに答えを聞くな。自分でじっくり考えてこうじゃないかなって思い浮かんだら尋ねなさい」


吉川 「板、割れるんですよね?」


藤村 「当たり前だろ。割ったじゃん。割ってるでしょ、その手に持ってるのなに?」


吉川 「目の前でお願いできます?」


藤村 「だから見世物じゃないんだって! あのな! その言葉、恩返しに来た鶴にも言えるか?」


吉川 「別に先生は鶴じゃないじゃないですか」


藤村 「先生とは鶴だからな!」


吉川 「……どういうことですか?」


藤村 「自分で考えろよ!」


吉川 「わかりました。正直ガッカリですが、見世物じゃないならしょうがないです」


藤村 「待って。ガッカリした?」


吉川 「いえ、別に。なんでもないです」


藤村 「一番ガッカリしてる人の答え方じゃん。わかった。そこのコンビニ袋の中を見ろ。それは見世物だから」


吉川 「あ、見世物もあるんですね。何も入ってないですけど?」


藤村 「入ってるだろ!」


吉川 「入ってませんよ。割り箸とお手拭きしか」


藤村 「入ってるじゃないか。いいか? 割るぞ?」


吉川 「え? 割り箸を?」


藤村 「これは見世物だから」


吉川 「あの、いや。見世物としても面白味がまったくないんですが」


藤村 「面白味とかそういうのは個人個人の心の中で作り出せばいいでしょうが! なんでも人に頼るんじゃないよ。そんなに言うなら割らないぞ!」


吉川 「割らなくていいですけど……」


藤村 「お前そうやって事あるごとにガッカリ感だすなよ! 人前でガッカリ感だしたらいけないって義務教育で習わなかった? 板を割るってのはな! 板w……。板割りっていうのは、あの、労りの心が大事なのです」


吉川 「今、言いながら思いつきませんでした?」


藤村 「違います。ちっちゃい頃からずっとそう思ってました」


吉川 「ちっちゃい頃から? 板割りのことを?」


藤村 「ちっちゃいっていうか、中ぐらいの時から。いいじゃねーか、いつからとかは!」


吉川 「じゃ先生、瓦っていけます?」


藤村 「全然人の話し聞いてないな。なに? 瓦?」


吉川 「実家をリフォームするからって大量にでてきちゃって」


藤村 「あのさ、まず言っておくと、瓦割りの瓦っていうのはそれ用に作られた特別なやつで、家の屋根にあった普通の瓦とは違うんだよ」


吉川 「あー、瓦割りのは見世物なんですね。大丈夫です。これは本物屋根瓦ですから」


藤村 「そのお前の話術なに? 逃げ場を封じてから言うのは礼儀に反するよ。人として絶対にやっちゃダメ」


吉川 「見世物じゃない瓦割りお願いします」


藤村 「わかった……」


吉川 「ここでお願いします!」


藤村 「無理です! 手、超痛いんで! 硬いのガーンてやるの痛いんで、無理!」


吉川 「ようやく口を割りましたね」



暗転

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