護身術

吉川 「護身術を教えてくれるというのはこちらですか?」


藤村 「ゴホッゴホッ、……ァィ。こっちです。オエッ」


吉川 「なんか大丈夫ですか? 体調悪いみたいですけど」


藤村 「ハァ……ハァ……。大丈夫です。今日は比較的調子いい方なので。ゴホッゴホゴホ」


吉川 「あ、そうなんですか。すごい心配だな」


藤村 「ゴホッ……。では護身術の稽古に入ります。護身術と言っても……」


吉川 「……」


藤村 「……」


吉川 「……どうしました?」


藤村 「ゴホッゴホッ。大丈夫です。ちょっと意識の方が。どこまで話しましたっけ?」


吉川 「あの、日を改めましょうか?」


藤村 「お気遣い結構! ゴホッ。それに今日を逃したらもう私には残された日が……」


吉川 「なんかすごい病気なんですか?」


藤村 「大丈夫。ただのガンです」


吉川 「ガン? ただのガンって言い方ないと思いますよ。どこのガンですか?」


藤村 「全部です」


吉川 「全部? 全部ってどういうこと?」


藤村 「内臓もなにもかも、全部のガン。ガンじゃない部分がもう私の身体には2%しかない」


吉川 「そんな!? 人間を捨てたサイボーグみたいになってるの? いや、もう護身術どころじゃないですよ。いいです、教わりたい感じじゃないんで」


藤村 「この護身術を新しい世代に継承する、それだけが私の生きる希望」


吉川 「そんなこと言われたら、習わないわけにはいかない」


藤村 「では基本からいきましょう。この棒で思い切り殴りかかってきてください。ゴホッゴホッ!」


吉川 「いや、無理です」


藤村 「ゴホッ。大丈夫、私の護身術なら怪我一つしません」


吉川 「そういう問題じゃなくて。死にかけてる人殴れないでしょ」


藤村 「思いっきり! 殺す勢いで! 手を抜くと逆に危ないから。さぁ、どうぞ。ゴホッ……」


吉川 「絶対無理。良心が一欠片でも残ってたらそんなことできない」


藤村 「そうですか。誰にも……伝えられず……口惜しや」


吉川 「わかりました! 殴ります。やってくださいよ? 絶対に護身をやってくださいよ?」


藤村 「……」


吉川 「大丈夫ですか!?」


藤村 「……あ、すまん。意識がまたなかった」


吉川 「ダメだ、絶対できない! そんな各駅停車で意識が飛んでる人に何かができると思えない」


藤村 「棒では無理ですか? ではナイフで襲われた場合にしましょうか」


吉川 「死んじゃうでしょ! 刺されて死んじゃうでしょうが!」


藤村 「人は皆いずれ死ぬ」


吉川 「そうだけど! その一言めちゃくちゃ説得力あるけども! 俺を巻き込まないでくれ。お互いに別々の状況で死にましょうよ」


藤村 「わかりました。もう少し簡単なのがいいですかね? 腕をグッと掴まれた場合とか」


吉川 「それならいいです。それにしましょう」


藤村 「ではこの複雑骨折をしている右腕をつかんでください」


吉川 「複雑骨折してないでよ! 治った状態の人が教える形にしてよ」


藤村 「もう治る見込みもないので」


吉川 「そんな満身創痍で継承されるの重すぎるよ。なにこれ、一子相伝なの? 教えたら死んじゃうやつ?」


藤村 「では夜道で急に後ろからパロ・スペシャルを決められた時の護身術を」


吉川 「ウォーズマンに!? 夜道でパロ・スペシャルしてくるのウォーズマンしかいないでしょ。もうそれは護身術じゃなくて超人プロレスだよ」


藤村 「ゴホッオッゴォゴッホゴホ。ハァハァ、もうダメだ。護身術で進行を抑えていたが、そろそろ限界のようだ」


吉川 「それも護身でやってたの? 万能なの?」


藤村 「私の護身術を一つでも授けたい。頼む、襲いかかってきてくれ! ゴホッゴホッ」


吉川 「すみません。それだけはできません。……はっ!? ひょっとして、この一連の流れすべてが護身なのでは? そういう演出をすることによって相手に危害を加えられないという!」


藤村 「じゃあ代わりに趣味でやってる刺繍を教えよう」


吉川 「そういうわけでもないのか!」



暗転

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