玩具話

電マ 「会いたくて 会いたくて……」


吉川 「えっ!? 電マが喋った!」


電マ 「しまった。いいえ今のは違います。振動がいい感じにたまたま人間の声のように聞こえただけで喋ってません」


吉川 「さっきのはそうだとしても、この言い訳は完全に喋ってるよね?」


電マ 「そういうやつかー。二段構えの罠」


吉川 「そもそもなんで喋ってるんだよ」


電マ 「逆になんで喋らないと思いこんでたんですか?」


吉川 「逆はないんだよ。基本的にあらゆるものは喋らないよ」


電マ 「固定観念が強いですね。喋れるけど寡黙なタイプというのも世の中にはいますよ」


吉川 「じゃあその理屈だとこのマグカップも喋るのか?」


電マ 「え? マグカップが喋るわけないじゃないですか。常識でモノを考えてくださいよ」


吉川 「常識の線引きがお前のさじ加減じゃないか。俺にとってはどっちもどっちだよ」


電マ 「映画、見たことありません? CGの。人間が見てないところでおもちゃが喋るやつ」


吉川 「あー! あれ? カウボーイと宇宙飛行士の」


電マ 「そうそう。おもちゃってそもそもがみんな喋るんですよ。見せないだけで」


吉川 「なるほどなー。一応理屈はあるわけか。ただ、電マはおもちゃなの?」


電マ 「え?」


吉川 「電気マッサージ器だよ? カテゴリは健康器具だよ」


電マ 「いきなりそんなこと言わないでくださいよ。失礼じゃないですか。だったら聞きますが、あなたは人間なんですか? 本当に」


吉川 「人間だよ。そこを疑ったことはないよ」


電マ 「では人間とはなんですか? 手足の欠損した人は人間ですか? では脳だけなら人間ですか? 思考が人間なんですか? 思考力のないものは人間ではないのですか?」


吉川 「電マがそんな哲学的な問いかけをする?」


電マ 「電マは哲学をしないという偏見をやめた方がいいですよ。電マとは振動するもの。アイデンティティを揺るがすのも同じです」


吉川 「同じなの? どちらかというと遠いところにある存在だと思ってたから」


電マ 「哲学者だって震えますし、電マだって考えますよ。そこに何の違いもない」


吉川 「ない……かぁ? ないって言い切られると、ちょっと待てと言いたくなるな」


電マ 「こう見えてもある特定の状況下においてはおもちゃとカテゴライズされることはあります」


吉川 「おも……、あ! なるほど。大人の」


電マ 「大人のとか子供のとかレッテルを貼るのはやめてください。誰が使ってもいい。振動は自由への架け橋です」


吉川 「今まで聞いたあらゆる振動に関する格言の中で最も格好いいな」


電マ 「これでも幼い頃は神童と呼ばれてました」


吉川 「あ、はい。別にそういうのは大丈夫です」


電マ 「どうです? 心、震えました?」


吉川 「え? いや、特には……」


電マ 「電マというのは人生のようなもので、つまりその……スイッチを入れなければ動かない」


吉川 「ん? んん? まぁ、なんか良いこと風な感じはしないでもないが、よくわからないな」


電マ 「震えたでしょ、心」


吉川 「そここだわってるの? 震えさせたいの?」


電マ 「させたいということはないですが、得意分野なので」


吉川 「そんなに気負う必要ないんじゃない? 別に今まで通り震えてくれれば用をなすわけだし。心を震わせたくて電マ買ったわけじゃないし」


電マ 「つまり勝手にふるえてろと言いたいわけですね?」


吉川 「そんな綿矢りさみたいな言い方はしてないけどね」


電マ 「はいはい、わかりました。どうせ世間の評価なんてそんなもんですよ。電マが震えようが喋ろうがどうでもいい。一億総無関心時代ですよ。その冷たい心がどれだけ相手を傷つけるか自覚もなくただ生きていればいいです」


吉川 「ひねくれ方がすごいな。そんな捨て鉢になるなよ」


電マ 「あー、しんど振動……」



暗転

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