見える人
吉川 「邪魔だよ、こんなところで」
藤村 「えっ!? ボクのこと見えるんですか?」
吉川 「邪魔だって」
藤村 「見えてますよね! すみません。話を聞いてください!」
吉川 「なんだよ」
藤村 「どうやらボク、死んじゃったみたいなんです。気づいたらここに立っていて。声をかけても誰も気づいてくれなくて。あなただけなんです! ボクに反応してくれたの」
吉川 「そんなこと言われたってなぁ。死んだのは気の毒だけど、正直こっちも他人のことに関わってる暇ないんだよね」
藤村 「恐らくボクは生前にやり残したことがあるんだと思います。だから成仏できないんです」
吉川 「じゃ、やれば?」
藤村 「それがなんだか思い出せなくて。生きていた頃の記憶が無いんです」
吉川 「それはもうお手上げだね」
藤村 「なんとか手を貸してくれませんか?」
吉川 「すごい無茶を言うなぁ。ノーヒントなんでしょ? なにをどうすりゃいいのよ」
藤村 「そこでボクのこの姿がヒントになるんじゃないかと思うんですよ」
吉川 「その格好はなんなの? オバケだからそういう格好ってわけでもないの?」
藤村 「違いますね。恐らく生前からこれです。自分ではよく見えないんです。ガラスにも映らないので全体像が把握できないんですけど、どんな格好です?」
吉川 「どんなって、なんか微妙に気持ち悪い格好だよね。僧侶というか。黒い礼服っぽくは見えるんだけど。なんだろ? なんでところどころ穴が空いてるの? 足も出てるし」
藤村 「やはりそうか。これは淫乱
吉川 「ですねって一般名詞みたいに言ってくれるけど、そんな人物会ったことない」
藤村 「淫乱
吉川 「助詞で繋いだだけで情報量が増えてない」
藤村 「でも淫乱
吉川 「そうなの? 絞れてるの? どこに向かってどう絞られてるのか全くわからないけど」
藤村 「だって淫乱
吉川 「それはそうだよ。いないもん。世界でも数人レベルじゃない?」
藤村 「いえ、世界で言えば数百万はいると思いますけど」
吉川 「そんなに!? そんなに有名な恰好なの?」
藤村 「ジャンルとしては極めて大きいジャンルです」
吉川 「まじかよ。世界って思ったよりバカが多いな」
藤村 「淫乱
吉川 「ですよって言われてもわからないよ。そうなの? 知らない。何一つ思い浮かばない」
藤村 「ドスケベご奉仕に決まってます」
吉川 「単語の融合がさ。一番対極にあるものをつなげて当たり前の単語みたいに言わないでくれる?」
藤村 「きっとボクは生前にドスケベご奉仕をしようとしたのに不慮の事故で死んでしまったんです。そのドスケベご奉仕への執念がボクを現世に留めている」
吉川 「わかってよかったね」
藤村 「あの……」
吉川 「絶対嫌だ!」
藤村 「違います違います! 勘違いしないでください。そういうことじゃないです」
吉川 「え? なに? 違うの?」
藤村 「ドスケベご奉仕をさせてください」
吉川 「ドンピシャじゃねえか! そのまんまだよ。逆に俺が何と勘違いしたと思ったんだ?」
藤村 「焼肉奢ってくれって言われるかと思ったんじゃないですか?」
吉川 「思わないよ。文脈が続いてないだろ。なんで今の話の流れで急に焼肉奢ってくれって言われると思うんだよ」
藤村 「え? じゃあ、焼肉奢ってくれるんですか?」
吉川 「奢らないよ。それも嫌だけど。焼肉だったら奢りますよっていう意味じゃないよ」
藤村 「どっちにしろ焼肉は奢ってくれないということですか?」
吉川 「どっちにしろというか、なんで奢らなきゃいけないんだ」
藤村 「じゃ、ドスケベご奉仕でいいです」
吉川 「よかねーんだよ! 渋々妥協しましたみたいな空気感出すなよ。お前に選択権は元々ないし、俺がお前になにかしてやらなきゃいけない義理だってないよ」
藤村 「寿司でも?」
吉川 「う~ん、寿司ならしょうがないか、って言うと思うか?」
藤村 「なんだったらいいんですか?」
吉川 「なんでもよくないんだよ。何一つお前のためにしたいことなんてないんだよ」
藤村 「ボクって言うより淫乱
吉川 「同じだろ。淫乱
藤村 「いいんですか? この私にそんなことを言って」
吉川 「急にタタリ神みたいな感じだすのやめてよ」
藤村 「痩せても枯れても淫乱
吉川 「なんか成仏っぽい感じになってるぞ!」
藤村 「ぐわぁ! 成仏してしまった……。
吉川 「まだいるけど?」
藤村 「これは残りのただの淫乱の人です」
吉川 「塩まいてやる!」
暗転
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