密着
吉川 「よう!」
藤村 「久しぶり」
吉川 「久しぶりって……あの。その人は?」
藤村 「ん? あぁ! 今密着がついてるんだ」
吉川 「密着? え? 取材?」
藤村 「なんだっけか? なんとか大陸の人」
吉川 「ひょっとして情熱大陸?」
藤村 「ユーラシア大陸だっけ?」
吉川 「出身地の話をしたの? その人の」
藤村 「そうそう。そっから来て密着してる」
吉川 「へぇ……。なんで?」
藤村 「なにが?」
吉川 「いや、だって。そういう密着って、普通はなにか成し遂げた人がされるもんじゃない?」
藤村 「そんなこともないだろ。うちの会社の受付の子だって密着されてて郵便受けに変な手紙入ってるって言ってたよ」
吉川 「それはストーカーだよ。え? この人はそういう人なの?」
藤村 「密着したいって言われたからされてるだけだよ。正直、ずっと前から言われてたんだけどさ、さすがにご時世的に密はヤバかったじゃん? 最近ようやく落ち着いたかなぁと思ってOKした」
吉川 「結構気長に待ってたんだ。じゃ、ストーカーとかでもないのかな」
藤村 「もう気にしないでいいから。いないものだと思って」
吉川 「そう言われても、お前は慣れてるかもしれないけど俺は初めてだし」
藤村 「別にお前に密着するわけじゃないんだから気にするなよ。自意識過剰だぞ」
吉川 「でもなんか、それなりにさ。かっこいいこととか言ったほうがいいのかなとか意識しちゃうじゃん」
藤村 「普通のところを撮りたいから密着なんだよ。作ったらフィクションになっちゃうだろ。だからほら、見てみ。俺なんかさっき残尿がチョロっと出ちゃってズボンのここシミができてる」
吉川 「いいの? 密着でそういうの?」
藤村 「しょうがないだろ。チョロっと出ちゃったんだから」
吉川 「お前、思ったより度量がでかいな。普通はそういう恥ずかしいこと隠すと思うんだけど」
藤村 「だってこれが俺の日常だもん」
吉川 「え? お前、そんな日常的に残尿チョロっとしてるの?」
藤村 「チョロっとしない日なんかないさ」
吉川 「度量とかの話でもないのか。そんなやつに密着がつくなんてどういう世の中なんだ」
藤村 「もういないもんだと思って過ごしてるから。お前もいないものだと思っていいよ」
吉川 「そうかぁ。じゃ、なるべく意識しないようにするよ。ちょっと気になるけど」
藤村 「そういえば言ったっけ? 超能力使えるようになったの」
吉川 「え? なにそれ? あ、ひょっとしてそれで密着?」
藤村 「いや、これとは全然関係ない。無関係の超能力」
吉川 「一個人がそんなに話題盛り沢山なのすごいな」
藤村 「俺も驚いたからね。急に目覚めたから。例えばほら、ストロー欲しいなって思うじゃん? そうしてあのストローをずっと見てると……ほら」
吉川 「うん? え?」
藤村 「ストローが勝手にここまで来た」
吉川 「え? なにが? 今、その密着の人が持ってきたけど?」
藤村 「ううん? それはいないものだと思って。ストローが欲しいと思った俺に注目して」
吉川 「いや、いるもん。いるよ。ずっと。持ってきてたよ、ストロー」
藤村 「知らない。なにそれ?」
吉川 「お前のいないものだと思い込む能力は異常だな! どう見てもいるだろ」
藤村 「え? いるの? なにが?」
吉川 「だから密着の人が」
藤村 「それはいないものじゃん」
吉川 「いるだろ。いるからこそいないものとしてるんだろ?」
藤村 「いないものはいないものだよ。俺が念じると向こうから来るんだよ」
吉川 「お前が念じたのを察して密着の人が取ってきたんだよ」
藤村 「は? これ超能力じゃないの?」
吉川 「そんな完全に見えなくなる? 自分の不思議な超能力だと思ってたの?」
藤村 「思ってたのっていうか、そうだから」
吉川 「密着の人もなにか言いなさいよ。あなたは気づいてるでしょうが」
藤村 「誰に向かって話してるんだ? え? 怖っ!」
吉川 「密着の人だよ。密着の人がいるという概念自体は把握してるんだろ?」
藤村 「ついてくるって言われたけど、気にしてないから」
吉川 「気にしてなさがすごすぎて可哀想だよ。ちょっとは気にしてやりなよ。普通そこまで完璧に気にしないことできないから」
藤村 「それじゃ言わせてもらうけどな! お前は何なんだよ。前からずっとその恨みがましい顔した女を密着させて。俺の方こそ気にしないの大変だったよ!」
吉川 「俺にもついてたんだ……」
暗転
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