勝負
吉川 「わ、私の負けだ……」
藤村 「わかったようですね。あなたは自分の技術を見せつけることに執着し、客のことをまるで考えていなかった」
吉川 「返す言葉もない」
藤村 「間違えないでください。その技術は大変素晴らしいものです。習得するのにも想像を絶する努力が必要だったでしょう。だからといって勝負は技術自慢じゃない。勝敗を決めるのは心なんです」
吉川 「どうも慢心していたようだな」
藤村 「だからこそ私は心を攻めました。あなたが勝負に集中できないようにSNSも炎上させました」
吉川 「あれキミか!? ひどいじゃないか。言いがかりもいいところだ!」
藤村 「大切なのは心ですから」
吉川 「そういうことじゃないだろ。ちょっと負けて改心する感じだったけど、そんな気も失せたな」
藤村 「私は心の大切さを説いているのです。あなたが技術のみに固執してる間に、私は審査員の心にも訴えかけてました」
吉川 「審査員にも?」
藤村 「そうです。弱味を握り、賄賂を送り、どうやっても判定がこちらに傾くように働きかけました」
吉川 「不正じゃないか! ダメだよ! はい、ナシナシ! 今の勝負なし!」
藤村 「それが心を伝えるということなんです!」
吉川 「なんで真顔でそういうこと言えるの? 絶対ダメだろそんなの。怖いよ」
藤村 「まだわからないのですか? どうしてあなたが勝負の相手に選ばれたのか」
吉川 「なんだって? あ、ひょっとして……」
藤村 「どうして不戦勝でここまで来たのか。ふふふ、不幸な事故でしたね」
吉川 「なんなんだよお前。倫理観が一欠片もないの? 俺はさっきまで自分が間違ってたって思いかけてたのに」
藤村 「あなたもこちら側に来ればいい」
吉川 「悪の勧誘じゃん。そんなの全部暴露してやるよ。審査員の買収も!」
藤村 「そんな事ができるとお思いですか? どの審査員も権力者、確実に握りつぶしますよ。あなたのキャリアとともに」
吉川 「そこまで徹底して悪いやつなら、いいやつ風の感じで登場しないでほしかったよ」
藤村 「大丈夫。まだやり直せますよ」
吉川 「やり直してそっち側に行くのおかしいだろ。完全に欲に飲まれた人間じゃないか。お前のその完全に自分は間違ってないと信じてる発言なんなの? 言ってること完全におかしいぞ」
藤村 「これを見てもそんなことが言えますか?」
吉川 「なんだね? あっ!」
藤村 「お子さん可愛いですね。今どこにいると思います?」
吉川 「おいおいおい、それだけはやっちゃいけないだろ」
藤村 「わかりましたか? これが心に訴えかけるということなんです」
吉川 「わかりました。わかりましたから、家族にだけは」
藤村 「はっはっは。大丈夫。全部冗談ですよ」
吉川 「へ?」
藤村 「そんなことするわけないじゃないですか。犯罪ですよ」
吉川 「全部ウソ? 家族は? 審査員は?」
藤村 「安心してください。頑なだったあなたの心を開くための荒療治でした」
吉川 「する必要あった? 負けた時点で結構開きかけてたのに」
藤村 「我々の勝負は潔白、正々堂々と戦いました。それだけは保証しますよ」
吉川 「そうですか。実力で負けたんですね。さっきより釈然としてないですけど」
藤村 「あなたは素晴らしい職人だ。それだけは誇っていい。しかしこうして気分が乱高下すると心のバリアが取り払われて言葉がスッと入ってくるはずです。つきましては今度のグランドチャンピオン大会なんですが、少しだけ手を貸していただけません? なに、少々厄介な相手なもので」
吉川 「洗脳の手口!」
暗転
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