オーディション

藤村 「エントリーナンバー666、藤村です。チャールストン・ポイントは鼻の下。やる気! 元気! 藤村! と覚えてください」


吉川 「ちょっとすみません。これグラビアのオーディションなんですけど」


藤村 「あ、それなら大丈夫です」


吉川 「そっちが大丈夫かどうかじゃないんだよ。え? 男性に見えるんですが?」


藤村 「あー。気になります?」


吉川 「その。色々と複雑な時代だから難しいんですけど、そのジェンダーマイノリティみたいな話なんですか?」


藤村 「いえ、男です」


吉川 「じゃ、ダメだよ」


藤村 「はい。よく言われます」


吉川 「なにが? 別に褒めてないんだけど」


藤村 「キミはダメだって、よく言われます。どのオーディションでも」


吉川 「そうだろ? どこでも言われてるの? 普通そう言うのって一度で懲りない?」


藤村 「挫けない心がチャールストン・ポイントなので」


吉川 「チャールストン・ポイントってなに? チャームポイントじゃないの? 聞いたことないよ」


藤村 「あ、じゃあ。チャールズ・ポイントで」


吉川 「誰なの? 誰の何のポイントなの?」


藤村 「最近あった面白いことは……」


吉川 「待って。エピソードトーク待って! 聞いてないのに自分のタイミングで始めちゃうの?」


藤村 「そろそろ座も温まってきたかと思いまして」


吉川 「キャリアのある噺家みたいなこと言うなよ」


藤村 「この間、友達の後家さんと一緒にスイーツ食べに行ったんですけど……」


吉川 「待ってよ。後家さんと? 後家さんって言い方がアレだし、あなたのエピソードトークとして先行きが不安になるよ」


藤村 「コンプラ的にNGですかね?」


吉川 「なんだよ、その業界のことわかってます風な言い方。鼻につくな」


藤村 「じゃ、あの御家人で」


吉川 「御家人の方がトークとして難しいだろ。友達に御家人いないだろ。お前は何なんだよ。殿なのか?」


藤村 「私、やっちゃいましたかね? テセウス!」


吉川 「なんだよテセウスって。テヘペロみたいな感じで初めて見ることやるなよ」


藤村 「ミノタウロース!」


吉川 「それに至ってはまったくどういう感情なのかわからない。初だし過ぎるだろ」


藤村 「このオーディションには姉が勝手に応募しちゃって」


吉川 「よく聞くやつだけど。自尊心を守るために言ってるだけなんじゃない?」


藤村 「姉は今年で56になるんですが」


吉川 「年のことでどうこう言うのは悪いと思ってるけどさ。56の姉に勝手に手を回されるの、あなたもお姉さんもそろそろやめなさいよ」


藤村 「ただやる気! 元気! 藤村! としては引き下がれないので」


吉川 「それ他人のキャッチフレーズだろ。韻を全く踏んでないもの。最後がキの人のコピーなんだよ」


藤村 「じゃあ、性欲! ムラムラ! 藤村! でお願いします」


吉川 「それはダメだよ。よりによって最悪だよ。あらゆる可能性の中で一番ひどいの選んだな」


藤村 「よく言われます」


吉川 「褒めてないんだよ。注意だから。よく言われるなら照れる前に省みなさいよ」


藤村 「あとこれ、職務経歴書です」


吉川 「入社面接じゃないんだよ。ポートフォリオでしょ普通。職務経歴書持ってくる人いないよ」


藤村 「あと私の前にエントリーした人、全員大麻吸ってました」


吉川 「すごい蹴落とそうとしてるな。全員吸ってるわけないだろ。確率的に」


藤村 「すみません。ちょっと言い過ぎました。5,6人は吸ってました」


吉川 「信ぴょう性ありそうな数字に変えないでくれる? 怖くなるから。ってちょっと! え? この経歴の部長って、うちの会社じゃない」


藤村 「あ、はい。勤続29年で」


吉川 「うちの会社の部長なんですか? 偉いじゃないですか」


藤村 「それも姉が勝手に応募して」


吉川 「姉が勝手に応募して29年勤め上げたんですか? というか、私の上司にあたるわけですよね。これはあれですか? オーディションを受けるという形に偽装して状況を視察しに来たということですか? どうもこれは失礼しました」


藤村 「テセウス!」


吉川 「なにそれ!」



暗転

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