不味しんぼ

藤村 「あんたは本当に不味いものを食べたことがないんだ。少し時間をください。とびっきりの不味いものを食べさせてみせましょう」


吉川 「な、なんだあんたは!?」


藤村 「私は藤村。通称不味しんぼなんて呼ばれてる」


吉川 「貧しい人みたいだな。いや、別に不味いもの食べたくないよ」


藤村 「いいや! この程度で不味いなんて言ってるんじゃ、あんたの舌もたかが知れてる」


吉川 「いいよ。知れてて。全然いい。もっと不味いもの食べるよりも」


藤村 「確かに飽食の時代だ。不味いものだって探せばある。しかしどうだ? 世間で食べられる不味いものは所詮『身体にいいけど不味い』というようなものばかりだ。呆れて物が言えないね。もっと不味さというのは純粋なものだ。不味い上に身体にも別によくない。それこそが不味いものだ」


吉川 「追求してないもん。不味いものを。そこに狙いを定めるの考え直したほうがいいよ」


藤村 「かと思えば一方で食文化の違いによって不味いものを偉そうに見せびらかすやつもいる。そうじゃない。”誰かにとっては美味い”不味いものなんかじゃないんだ。誰が食べても明らかに不味い、それこそが究極のマズー」


吉川 「マズー? ニュアンスは分かるけど初めて聞く言葉だな」


藤村 「話を聞かせてもらったが、あんたは自分の力を過信しすぎるために他人を信じることができない。ほんの少しの粗が見つかれば無能だと決めつけて排除してしまう。それを解決できるのはこれだけだ」


吉川 「それが不味いものだとでも言うのか!?」


藤村 「暴力だ」


吉川 「暴力かよ! なんだったんだ今までの御託は。不味いものを食べさせることで問題を解決するんじゃないのかよ」


藤村 「それで変わるのか? 不味いものを食べて『不味い~、私が間違ってた!』ってなるか? 情緒不安定すぎるだろ」


吉川 「お前に言われたくないよ。一連の不味いもの講釈はなんなの?」


藤村 「ただ暴力で解決するとキャラが弱いかと思って」


吉川 「キャラを意識して生きてるの? そもそも人の人生に介入してなんか問題を解決しようっていうのに自分のキャラ意識してるの気持ち悪すぎるよ」


藤村 「でも不味いものもちゃんと用意してます」


吉川 「いいよ別に。そこは一つまみも期待してないよ。なんでちゃんとノルマは果たしますみたいな顔してるんだ」


藤村 「罰ゲーム的な要素で」


吉川 「なんで悩んでる人に罰ゲームを与えるの? 人の心がないのか?」


藤村 「でも食べてもらわないと。一生懸命作った料理人さんに悪いと思いませんか?」


吉川 「一生懸命な料理人に不味いものを作らせるほうが悪いだろ。どういう心境で作ってたんだよ。哀れ過ぎるだろ」


藤村 「でも話の種になりますよ。合コンとかでウケまっせ?」


吉川 「俗っぽい攻め方するなぁ。確かにそう言われると一度くらいはいいかな」


藤村 「どうです? 不味いもの食べる気になりましたか?」


吉川 「嫌だけどな? 嫌だけど、まぁ食べてもいいかな」


藤村 「そんないい加減な思いの人に食べさせるわけにはいきません。なんてったって究極のマズーですから。お金もかかってる」


吉川 「お金をかけて不味いもの作るなよ。アウトプットが不味いってだけであらゆるプラス要素がネガティブになるんだよ」


藤村 「どうです? どうしても食べたいですか?」


吉川 「ここまで来たらな。食べる。まぁ、食べたいよ」


藤村 「残念だが、あんたに食わせる不味いものはない!」


吉川 「どういうこと?」


藤村 「価値観なんてあやふやなものさ。さっきまでまったく不要だと思っていた不味いものですら、こうして欲するようになった。あんたが役立たずと切り捨てた者たちだって見方を変えれば必要な人材になり得たんだ」


吉川 「そ、それをわからせるためにあえて不味いものを?」


藤村 「おわかりいただけましたか。もしわかってないのなら暴力も添えて」


吉川 「小洒落たレストランのメニューみたいに添えるなよ。わかったよ。私が間違ってた」


藤村 「どうやら不味いものの出番はなかったようですな」


吉川 「ちなみに本当にあったのか? 不味いものは」


藤村 「ふふふ、どうでしょう。ただそれでも心が変わらなければ、法的にまずいものを出すつもりでした」


吉川 「やることなすこと最悪だな」



暗転

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