こだわり
吉川 「美味そう! いただきまーす」
店員 「お客様、こちら最初は何もつけずに、二杯目はこちらの秘伝のタレを付けて、三杯目はこちらの温泉卵を崩しながら、そして四杯目は出汁をかけてお茶漬けのようにしてお召し上がりください」
吉川 「わぁ、そうするのがいいんですね。なるほどぉ、色々段階があるんだ。この秘伝のタレっていうのも……、あ! 美味しい!」
店員 「え? お客様!? 今何をされました?」
吉川 「あ。ちょっと秘伝のタレってのが気になって箸の先につけて舐めちゃいました」
店員 「あ~あ。もうオシマイです」
吉川 「えぇ!? おしまい?」
店員 「秘伝のタレは二杯目だって言ったのに……」
吉川 「すみません。じゃ、二杯目にしますんで」
店員 「もうダメですよ。舐めちゃったんでしょ?」
吉川 「ほんのちょっと、箸の先だけですよ」
店員 「もう最悪です。全部台無しですね」
吉川 「そんなに!?」
店員 「はぁ……。せっかく美味しく頂いてもらおうと思ったのに」
吉川 「大丈夫ですよ。美味しそうですから」
店員 「ダメですよ。もうまずいです」
吉川 「不味くなったの? そこまで? 不味くはなってないと思いますよ」
店員 「もう食えたもんじゃないです」
吉川 「ええー。そんなに取り返しの付かないことなの? どういう原理?」
店員 「でしたら伺いますけどね、お客様がトイレに行った際、まずズボンとパンツを下ろしてから出しますよね?」
吉川 「飲食店なのにたとえが汚いな」
店員 「それを先にちょっと出しちゃいましたが、あとからちゃんとズボンとパンツも下ろしますからって言われて大丈夫だと思います?」
吉川 「それは、ダメですね」
店員 「つまりそういうことですよ」
吉川 「本当? つまりそういうことなの? 全然別のことに思えるんだけど」
店員 「たとえばお客様がゲロを吐きたくなったとしますね」
吉川 「もういいよ! 例えが毎回汚すぎるんだよ」
店員 「どれほどのことかわかっていただけましたか?」
吉川 「はい。すみませんね。言うこと聞かなくて。ただ最高ではもうないかも知れませんけど、これはこれで私は楽しみにしてるので」
店員 「でもこれがうちの店の実力だと思ってほしくないなぁ」
吉川 「わかりました。ある程度、差っ引いて評価する感じで楽しみまから。もう食べていいですか?」
店員 「どうしても食べますか? そのまずい状態で」
吉川 「だから不味くはないでしょ。これで不味くなるならそもそもの料理自体に問題がありますよ」
店員 「パンツの中でちょっと出しちゃった状態なのに?」
吉川 「そのたとえ二度と思い出させないでくれる?」
店員 「お客様はことの重大さがわかってないのです。言ってみればこれは、ねるねるねるねを食べる時に2の粉から最初に入れちゃったようなものですよ?」
吉川 「そんなに影響ねぇよ! 2の粉で台無しになるようなねるねるねるねじゃないから! リカバリー効くから」
店員 「ま、そこまで言い張るなら。どうぞ」
吉川 「じゃ、まずはスープから……」
店員 「ちょっとお客様!? 何してるんですか?」
吉川 「え、またぁ? すみません、なにか間違えましたか?」
店員 「何てことしてるんですか!」
吉川 「ごめんなさい。今度はなんですか?」
店員 「そのスープは!」
吉川 「……はい」
店員 「熱いのでよくフーフーして、気をつけて召し上がってください」
吉川 「それで止めたの? そんな危機一髪みたいな表情で!?」
店員 「火傷しちゃったらそのあとの味がわからなくなっちゃいますから」
吉川 「だったらスープを適温にしておいてよ。そんな切迫した感じになるなら」
店員 「私どもはお客様に最高の状態でお召し上がりいいただけるように考えておりますので」
吉川 「じゃ、いいっすね? 一口目食べますよ? 食べます。いいですね?」
店員 「……」
吉川 「食べます。……うん。美味しい。美味しいですよ」
店員 「はぁ?」
吉川 「いや、なんでそんなにらんでくるんですか? なんか安心して食べられないな」
店員 「そうですか」
吉川 「なんか緊張して味もよくわからなくなってきちゃった。あの、ちゃんと食べますから。もう戻ってもらって結構ですよ」
店員 「お客様、順番がございますでしょ?」
吉川 「また? また間違えた? 今はなんの順番なの?」
店員 「だいたい他のお客様は皆様、この段階でチップをお支払い頂いてますね」
吉川 「お前にだけはやりたくないなぁ」
暗転
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