っぽい

吉川 「こんにちは。お話伺ってよろしいですか?」


藤村 「なに? あんまり相手できないよ?」


吉川 「そうですか。お時間は取らせませんので。こちらは職人さんで」


藤村 「うちはね、職人っぽいことしてるんだ」


吉川 「職人さんなんですね」


藤村 「なに聞いてんだ? 違うよ」


吉川 「え?」


藤村 「職人っぽいことしてるんだよ」


吉川 「っぽい? 職人さんじゃないんですか?」


藤村 「一緒にしてもらっちゃ困るなぁ。これだからもののわからないやつの相手は困るんだ」


吉川 「すみません。っぽいっていうのは?」


藤村 「見てわからない? ほら、この佇まい。職人ぽいだろ?」


吉川 「はい。職人っぽいです」


藤村 「でも職人じゃないんだよ。っぽいだけだから」


吉川 「え? じゃ、具体的に何かを作ってるっていうのは?」


藤村 「ないね。ただ作ってるっぽいところはある。ほら、この道具なんて見てみ。使い込まれてるっぽいだろ?」


吉川 「はぁ、これは年代物ですね。結構使い込んで?」


藤村 「これメルカリで買ったんだよ。先週」


吉川 「メルカリで買ったんですか!?」


藤村 「使い込まれてるっぽかったからな。ちょうどいいと思って。ただこれ、なんの道具かわからないんだよね」


吉川 「っぽさだけ? じゃあなにか作ってたり使ったりしてるわけではないんですね」


藤村 「参ったなぁ。あんまり自分のことをベラベラ喋るのは好きじゃないんだがな。まぁ、そういうことだな」


吉川 「っぽさ出してるなぁ。空っぽなのに」


藤村 「これしかできないからね。元々不器用な人間なんだよ。ただこれだけ。ただひたすら一心に。気づいたら周りが勝手に職人っぽいって言い出しただけだよ」


吉川 「それ周りの人も小馬鹿にしてるんじゃないですか?」


藤村 「ただやっぱり時代の流れかね。後を継ぐ人間がいないんだ。今どきの若者はもっとチヤホヤされたいんだろうな。アイドルっぽいやつとか、声優っぽいのとか、お笑い芸人っぽいのばっかり目指して。職人っぽいのは俺の代で終わりかもしれないね」


吉川 「全員しょうもないですね。志が低すぎる。本物目指せばいいのに」


藤村 「ただまぁ、真面目にやってれば伝わるもんだよ。感謝っぽいことを言われることもあるから」


吉川 「それは感謝じゃないですね。っぽさだけで。たぶんバカにしてます」


藤村 「やったことないやつにはわからねーな」


吉川 「ちょっとやらせてもらうってのは大丈夫ですか?」


藤村 「おいおい。なめちゃ困るな。ちょっとやりたいって?」


吉川 「はい。ちょっとだけでいいんで」


藤村 「お前さん、なんもわかってないな! いいか? 職人っぽさってのは、ちょっとが全部なんだよ。お前にちょっとやらせたらそっちが本物になっちゃうだろ」


吉川 「あ、そうなんですか」


藤村 「俺だってちょっとやってるだけなんだから。そのちょっとをやらせたら俺の職人っぽさは台無しだよ」


吉川 「あ、すみません。思った以上に浅い世界だったんですね」


藤村 「そうだよ。なめられちゃ困るからな。だいたいあんた何? TV? インターネット? あれか? ユーチューバーっての?」


吉川 「あ、一応街ブラっぽいことやってまして」


藤村 「なんだ、同業者か」



暗転

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