老舗

吉川 「お前の実力は認めている。ただ寛永六年から続くこの店の暖簾を分けるには間違いがあっちゃぁならない。試すような真似をして申し訳ねぇが、俺も先代から託された暖簾を守らなきゃならねえ。今のお前の一番の寿司を握って見せてくれ」


藤村 「もちろんです、親方。この藤村、全身全霊で握らせてもらいます」


吉川 「おう」


藤村 「まずは手始めにこちらから。寿司トッツォでございます」


吉川 「す、寿司トッツォ!?」


藤村 「まずは何も言わずに召し上がってみてください」


吉川 「言うよ? 寿司トッツォはさすがに言うよ。わかってる? 寛永六年から続く暖簾の重み」


藤村 「これが今の藤村の最高の寿司です」


吉川 「初っ端から変化球で来ないでよ。こっちはストレートの実力を見極めようとしてるのに。わかるでしょ、そのくらい?」


藤村 「歴史と伝統とローマの日差しをこの一品に込めました」


吉川 「ローマ入れないでよ。どこから来たのローマ? 寿司に入り込む余地ある?」


藤村 「お好みでサルサソースをつけて召し上がりください」


吉川 「好まないんだよ。寿司の好みにサルサが来たことなんて天地開闢以来一度もないんだよ」


藤村 「お召し上がりください」


吉川 「食うけどさ。……美味い。美味いんだけど、美味けりゃいいって話じゃないんだよ」


藤村 「続いてイベリコ豚の……」


吉川 「待てよ! せめて魚介でいってくれ。豚がどことかどうでもいいんだよ」


藤村 「イベリコ豚のスパム、ジェノベーゼソースがけです」


吉川 「スパムにするなよ。どうでもいいとか言っちゃったけど、それはイベリコ豚にすら失礼だよ」


藤村 「お召し上がりください」


吉川 「美味いよ。こんな美味く仕上げる腕があるなら、ちゃんとした寿司を握ってくれよ」


藤村 「では赤身などいかがでしょうか?」


吉川 「いいよ! そう! それ! ここから軌道修正していこう」


藤村 「牛の赤身を贅沢に使ったビーフカレーでございます」


吉川 「カレー! うちの暖簾でなんの店を出そうとしてるの?」


藤村 「お召し上がりください」


吉川 「美味いよ。カレーとして美味い。でもこれはなに? まかない?」


藤村 「続いて箸休めにスニッカーズです」


吉川 「スニッカーズで休まる箸は存在しないんだよ」


藤村 「続いてスニッカーズ・ホワイトです」


吉川 「二連! 追いスニッカーズをする寿司屋が存在していいと思う? 先代が見たら墓から飛び出てくるぞ」


藤村 「いかがですか?」


吉川 「ナッツぎっしり確かな満足だよ! だからどうした! 寿司を出せ」


藤村 「ではお子様があまり好きではない魚介の寿司を」


吉川 「嫌な言い方するな。なんでそういう気にしてること言うわけ?」


藤村 「ちょうど旬のアリゲーターガーが入りましたので……」


吉川 「なに仕入れてんの!? アリゲーターガーに旬なんてねーんだよ! 危険な外来魚じゃねぇか。どこから卸したんだよ。その仲卸通報したほうがいいぞ」


藤村 「……となるとあとは、スニッカーズしか」


吉川 「なんでだよ! スニッカーズに頼り切りな構成なんとかしろよ!」


藤村 「締めはこちらのお子様セットになります」


吉川 「お子様セット! 締めに? このオレンジのピラフに旗立ってるの?」


藤村 「旗はウクライナの国旗となってます」


吉川 「そういうケチのつけづらい政治色の出し方やめてくれる? これダメって言ったら色々炎上しそうじゃん」


藤村 「最後にこちらで軽いテーブルマジックを御覧ください」


吉川 「ないんだよ、寿司屋にテーブルマジックのサービスは。寿司とマジックは相性最悪だから。お前、この店で修行してる間なに見てたの? 俺は先代に申し訳ないよ」


藤村 「実は先日、先代が夢枕に立ちまして一言だけこうおっしゃってました」


吉川 「先代が!? 一体なんて?」


藤村 「まいうー」


吉川 「じゃ、いっか」



暗転

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