手品

吉川 「これでガッチリ手は握られてます。隙間はないですね? はい、今移動しました! コインが私の身体を伝わってあなたの手の中に入ったはずです。開いてみてください」


藤村 「あっ! うそー! え、なにこれ?」


吉川 「そちらの手の中にコインが移動しました」


藤村 「なにこれ!? 信じられない! すごいよ。すごい、この丸さ。小さくてキラキラしてる。しかも硬い!」


吉川 「え。あの。はい。コインですね。移動しました」


藤村 「すごいですよ。金属製なのにこんなに細かい模様がついてる!」


吉川 「コインに驚いてるの? 見たことなかった?」


藤村 「いやぁ、見たことないっすね」


吉川 「あ、ないんだ。原始人なのかな?」


藤村 「支払いはいつもスマホ決済なんで」


吉川 「逆に最新なんだ。今のはコインに驚くやつじゃないのよ。そこは知っといてもらってその先の不思議に到達してもらいたかったの」


藤村 「そうなんですかー。いやぁ、すみませんね。慣れてなくて」


吉川 「大丈夫です。じゃ、あれかな? 紙幣使ったのも……」


藤村 「しへ?」


吉川 「OK。わかりました。ではトランプを使います」


藤村 「すごい! 元アメリカ大統領の!?」


吉川 「違う。トランプって聞いてそっちが先? 手品のトランプよ?」


藤村 「ひょっとして、バイデンがトランプに入れ替わるっていう手品?」


吉川 「すごいけどね。それ起きたらすごい驚くけど、あんまり手品に政治的な思想を持ちこまないでくれるかな。トランプ。カードゲームの」


藤村 「あー。遊戯王みたいの?」


吉川 「知らないのか。トランプだよ? 遊戯王よりも先に触れないかな、普通の人は」


藤村 「ちょっとわからないです。ボク有名なのしか知らないんで」


吉川 「有名だよ! どっちかというと遊戯王よりも有名。これなんですが、見たことない?」


藤村 「あー。あんまり絵師が好みじゃないかな」


吉川 「絵師! トランプの絵師に言及されたのはじめてだよ。トレカじゃないんだよ」


藤村 「これは名刺?」


吉川 「名刺じゃないな。名刺だとしたら情報量少なすぎるもん。6とかだよ? 電話番号一桁ってある? 内線のみ書かれた名刺か」


藤村 「そういうカードがあるってのはわかりました」


吉川 「トランプの説明はね、本題じゃないから。ではここから一枚選んで」


藤村 「選びました」


吉川 「ではそのトランプにこのマジックで印をつけてください。サインでもなんでもいいです」


藤村 「サインって、あの?」


吉川 「はい」


藤村 「フォークボールとかの?」


吉川 「キャッチャーのサインのこと言ってる? サインて言われて球種を伝えるサインだなって真っ先に思うわけ?」


藤村 「シンカーはこの形なんですけど」


吉川 「知らないよ! ピッチャーがどの球種持ってるかもわからないし。そのサインでもいいよ。書いてよ。どうだっていいよ」


藤村 「なんで怒ってるんですか?」


吉川 「怒ってるっていうかさ。手品の本筋から逸れたところに意識持ってかれすぎなんだよ。サインに関するやりとりで手間取りたくないんだよ。全然手品に関係ないんだから」


藤村 「気難しいですね」


吉川 「普通だと思いますけど? 書きました? 書きましたね? これでこのカードは世界にたった一枚しかないわけです」


藤村 「そうなんですか?」


吉川 「あの……、無視していいですか? このカードが世界にたった一枚しかないわけ理屈を初手から説明し始めたら17時間かかるから」


藤村 「そうなんですね」


吉川 「これを破ります。もうなくなりました。これであのカードはどこにも存在しないわけです。ではこの残りのカードを捨てます。おっとその前に、どうせだったら景気よく撒き散らしましょう。はいっ!」


藤村 「あ~あ」


吉川 「舞い散る花は破壊と再生のメタファー。この咲き乱れるカードの中から不死鳥のように現れたのが、このカード!」


藤村 「あ、このカード!」


吉川 「そうです」


藤村 「よく見たらこれソリティアのコマじゃん!」


吉川 「ん~~! そう! ソリティアのやつを現実に出しました」


藤村 「はぁ~。手品ってすごいな」



暗転

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