あしながおじさん

吉川 「はぁ、厳しいご時世で仕事もなくなるし。もう生きていてもしかたないな」


藤村 「おっほん。そこの身寄りのない貧乏くさい青年。困ってるようだね」


吉川 「なんかむかつくオヤジだな」


藤村 「貧すれば鈍すを体現するような余裕のない言動ですな」


吉川 「うるさいな。こっちは飯も食えてないしイラついてるんだよ」


藤村 「そうかい。気の毒に」


吉川 「なんなんだ、あんたは?」


藤村 「私は名乗るのもおこがましいが、しいていうならあしながおじさんといったところだ」


吉川 「あ、あしながおじさん!? あの、身寄りのない少女に援助をしてくれるという?」


藤村 「そう。いうなればパパ活の先祖みたいなものだ」


吉川 「いや、それは言わないほうがいいと思う。イメージ最悪になっちゃったもん」


藤村 「キミは見るからに困っているようだな」


吉川 「わかりますか? このご時世で会社が潰れてしまい、仕事も見つからずに困ってるんです」


藤村 「私はね、そういう困ってる人を見ると居ても立っても居られないのだよ」


吉川 「本当ですか?」


藤村 「ここにカツサンドがある。ただのカツサンドじゃない。デパ地下で買ってきたかなり高級なやつ。これで2300円する」


吉川 「えー。そんなお高いものを。ありがとうございます!」


藤村 「惨めな人間を見ながら食うカツサンドは絶品だなぁ」


吉川 「お前が食うのかよ! 最悪だな!」


藤村 「欲しいか?」


吉川 「そりゃ、欲しいですよ」


藤村 「そうか。私の足、どう?」


吉川 「どうって……」


藤村 「ピンと来ないか? 流れを読めよ」


吉川 「あ! 長いです! あしながです!」


藤村 「そう? そんなでもないけどな」


吉川 「なんなんだよ、その謙遜! やらせておいて! 本気で言ってねえよ。おこぼれに預かりたくて尊厳を削って言ってやってるんだよ」


藤村 「あ、そうだったの。ごめんごめん。金がありすぎてそういう気持ちわからなかったわ」


吉川 「むかつくなー」


藤村 「あんまり施しをするのも相手のプライドを傷つけて悪いと思っていたのだが、そこまで卑屈な青年にならよいだろう。これでも受け取るがいい」


吉川 「ありがとうございます! これは……?」


藤村 「ヤマザキ春のパンまつりの2.5点だ」


吉川 「ぶっ殺すぞ?」


藤村 「殺すほどに? 2.5点になにか嫌な思い出でもあるのか?」


吉川 「ねぇよ! ヤマザキ春のパンまつり2.5点には何の罪もない! あるのは困ってる俺を小馬鹿にするお前だ!」


藤村 「え? なに? ごめんごめん。AirPodsが耳に詰まってて聞こえなかった。金持ちだから」


吉川 「本当になんなの? 嫌がらせにきたの?」


藤村 「そんなことはない。私は人呼んであしながおじさんだ」


吉川 「何をもってしてあしながおじさんを名乗ってるんだ? 援助の一つもしてくれずに」


藤村 「私がこうして声をかけた人は、気持ち足が長くなったような気になるというんだよ」


吉川 「足を引っ張ってるからだろうが!」



暗転

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