吉川 「吉川です」


藤村 「ヨシカワ様ですね。失礼ですがどのような漢字でしょうか?」


吉川 「吉は大吉とか中吉の吉で」


藤村 「どちらですか?」


吉川 「へ?」


藤村 「大吉と中吉、どっちの吉ですか?」


吉川 「だからどっちもの吉で」


藤村 「大吉の吉と中吉の吉、どちらの吉でしょうか?」


吉川 「……同じじゃないですかね?」


藤村 「ハッピーさが大分違うと思いますが?」


吉川 「そ、そうですけど。字で言うならばどっちも同じ吉じゃないかと」


藤村 「吉川様は大吉も中吉も一緒である。差をつけるべきではない、という極めて攻撃的な平等思想の持ち主なのでしょうか?」


吉川 「いや、そんな強い感じじゃなくて。人を活動家みたいに言わないでください。え? 字の話ですよね? 吉の字の」


藤村 「やはり書く際に大吉の吉だな、と思うのと中吉の吉だな、と思うのでは心構えが違うと思うのです。気持ちの乗りようというか」


吉川 「そういうものですか。変わらないと思いますけどね」


藤村 「そうおっしゃるのならお尋ねしますが、なぜ吉川様は大吉とか中吉のとかの吉とおっしゃったのでしょうか? 別に末吉の吉でも良いわけですよね? でも末吉でも小吉でもなく、大吉、中吉を選ばれた。無意識のうちにハッピーな吉でありたいと思ってたのではないですか?」


吉川 「いやぁ、改めて言われると。でも末吉とかって地方ではないところもあるみたいですし。わかりやすさで言ったら大吉か中吉になるんじゃないですか?」


藤村 「それをいうなら凶でもいいはずです」


吉川 「え。いやいや。凶はダメでしょ」


藤村 「ほら! やっぱり。そういうところが無意識レベルで働きかけているというのです」


吉川 「だって凶は字が違うもん。吉じゃない」


藤村 「ははぁ~ん。今度は凶を差別ですか。他の吉関係は仲間に入れるけど凶だけは一緒にされたくないと。そういう立場に置かれる凶の気持ちを考えたことありますか?」


吉川 「だって」


藤村 「だってではありませんよ。平等を謳うならば凶も吉と同列に考えるべきですよね? おみくじというのは、引く時はどれが出る可能性もあるわけです。その時点では平等だ。なのに凶が出た瞬間、もう最悪の結果だと絶望する。凶はね、いつだってそういう失意に落ちた人の顔ばかり見てるんですよ」


吉川 「凶に対する共感が強すぎませんか? 字の説明で凶は違うからダメっていうだけですよ。凶自体は、そりゃそれほど良いイメージは持ってませんが偏見によって避けたわけじゃないです」


藤村 「運勢の吉凶の吉ですと言えば良かったんじゃないですか?」


吉川 「ぐぅの音も出ない。よくそんな上手いこと切り返しますね。ただ伝わりますか? キッキョウと言われて。あ、あの字だなって」


藤村 「伝わるかどうかよりも伝えようと思う心の方が大事なんじゃないですか!」


吉川 「えー。そんな気持ち込めて言わなきゃいけないことだと思わなかったもん。名前の漢字の説明でしょ。心を込めますか普通」


藤村 「心を込める価値もないそうおっしゃるのですね。しょせん凶だ。ゴミみたいな存在だ、と」


吉川 「ごめんなさい。本当に他意はないんです。まさかこんなことになるとは。もっとスルッと流される部分だと油断しきってました」


藤村 「気をつけてください。凶川さん」


吉川 「吉川です。それは違うから。心を込めるとかじゃなくて違うものは違うから。吉です。吉! 大吉中吉小吉末吉の吉。吉凶の吉。四角の上に60年代のテレビゲームの自機みたいのが乗ってる吉!」


藤村 「失礼しました。吉川さん。カワの字の方は……」


吉川 「まだそれがあったか。心を込めなきゃ……。あの、河川の川。俗に三本川と言われる方の簡単な川で。縦に三本線があって中央の身長がやや低くて向かって左側のメンバーの足がスィ~ってなってるやつです」


藤村 「わかりますよそのくらい。川ですね」


吉川 「理不尽!」



暗転

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