美容院

美容師 「いらっしゃいませ。本日は何をしにきたんですか?」


吉川  「いや。髪切りにきたんですけど」


美容師 「あ、申し訳ありません。本日はどのようにいたしますか?」


吉川  「ええと、全体的に軽い感じにして、無造作にスタイリングしやすいように」


美容師 「ははは。OKOK。ま、やってみるっしょ。チェケラァ」


吉川  「なんか、いきなり感じが変わったような」


美容師 「軽い感じにしてみました」


吉川  「いやいや、そういう意味じゃなくて。髪の毛を軽い感じに。チャラチャラやらなくていいです」


美容師 「わかりました。ではその辺に適当に座ってください」


吉川  「え? その辺!? 椅子じゃなくて?」


美容師 「無造作な感じで」


吉川  「違う。無造作も、髪の毛。扱いを無造作にしてくださいって、どんなマゾヒストだ」


美容師 「あぁ、そういう意味ですか。ビックリしました」


吉川  「こっちがビックリしますよ」


美容師 「えーと、じゃぁどうします? 椅子? 椅子でいいですか?」


吉川  「あ、できれば」


美容師 「ではこちらへ」


吉川  「……」


美容師 「……」


吉川  「……」


美容師 「あ、最近どうです? コッチのほうは行ってます?」


吉川  「え。コッチって?」


美容師 「ほら、例の。ど、泥レス?」


吉川  「してませんよ。だいたいこの美容室来るの初めてですよ」


美容師 「そうですよね。私もビックリしちゃった。お客様の情報が何一つないんだから」


吉川  「別にもっと当たり障りのない会話でいいですよ」


美容師 「あ、そういえばね。昨日、オジキが25年ぶりに出所してきてね」


吉川  「重いよ! なにその話題。軽々しく相槌打てないでしょ」


美容師 「あー、じゃ、えーと。あ。こうみえても私、意外とシャンプーとか上手いんですよ」


吉川  「そう見えるよ。美容師だもん」


美容師 「でも切る方はからっきしで、これが」


吉川  「ダメだろ。人の髪切りながらそういうこと言うなよ」


美容師 「もう、しょっちゅう耳とか落としちゃって」


吉川  「え? ジョークなの、それは」


美容師 「あ、そういえば、美容師にジャンケンで絶対に負けない方法って知ってます?」


吉川  「へー、そんなのあるんですか」


美容師 「美容師業界には、遥か神話の時代から受け継がれてるんですよ」


吉川  「そんなに美容業界に歴史ないだろ」


美容師 「どんなのだと思います?」


吉川  「えーと、ハサミを扱う仕事だから、チョキを出すとか」


美容師 「ブー! 全然違う。バーカ、バーカ。死ね、このクズが」


吉川  「え、なにその扱い。そこまでボロカスに言われることなの?」


美容師 「あ、すみません。つい興奮しちゃいました」


吉川  「怖いよ。思ってても言わないでよ」


美容師 「はい。言わないで思ってます」


吉川  「それも嫌だな」


美容師 「正解は、相手がジャンケンを出す前に殴る蹴るして、ジャンケンどころじゃないくらいまで叩きのめす。でしたー」


吉川  「美容師関係ないし、ジャンケンをしてすらいない。それを知ったところで実践もできない」


美容師 「まぁ、覚えておいて損はないですよ」


吉川  「いや、損すると思うよ。それは」


美容師 「あ、これからちょっと失敗しそうなんでタオル噛んでてください」


吉川  「え、なにそれ」


美容師 「ちょっと自信ないんで。血とかでちゃうから」


吉川  「やめてよ。うまいことやってよ」


美容師 「善処しますけど、多分失敗するんで。これ、タオル。新しいのですから大丈夫です」


吉川  「もはやここにきてタオルの心配はしてないよ。噛まないですむ方向性はないのか」


美容師 「ちょっと無理ですねー。ささ、ぐぐっと噛んでください」


吉川  「フ、フガー」


美容師 「お、さすが。すごい力だ。タオルがボロボロになっちゃいそう」


吉川  「フガッガフガンガ」


美容師 「あはは。すごいすごい。よし、もっと奥歯にも力を込めていってみよう!」


吉川  「フンガンガー、フガフガ」


美容師 「すごいですよ。現代人とは思えない噛む力だ。ナイルワニみたい」


吉川  「フガッ! ちょっと、楽しんでないで髪の毛をどうにかしてください」


美容師 「あぁ、すっかり忘れてました。あまりにすごい噛み方なんで」


吉川  「何しに来たと思ってるんですか!」


美容師 「噛み切りに?」



暗転

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