異名

吉川 「あんたが裏の世界で掃除屋と呼ばれた男か?」


藤村 「その名前で呼ばれるのは久しぶりだな」


吉川 「あんたに頼みたいことがある」


藤村 「俺に頼むということは、厄介な始末なんだろうな」


吉川 「あぁ。どうしても殺してほしいやつがいる。そいつが生きてる限り俺たちの組織は破滅だ」


藤村 「こ、殺しー!? なんでそんな怖いこと言うの? ダメだよ、殺しなんて」


吉川 「声がでかい。なにを言ってる。あんたは掃除屋だろ?」


藤村 「そうだよ。周りからは掃除屋と呼ばれてる」


吉川 「だったら殺しなんてお手の物だろ」


藤村 「こ、殺しー!? そんなことしたことないです」


吉川 「声がでかい。掃除屋なんだよな?」


藤村 「掃除屋です」


吉川 「今まで何度も手にかけてきたんだろ?」


藤村 「ガムとかですか?」


吉川 「ガム?」


藤村 「こびりついたやつ」


吉川 「それは何かの隠語か? ガンのことか?」


藤村 「ガ、ガンー!?」


吉川 「声がでかいよ。裏の世界で生きてるんだろ?」


藤村 「裏って、立地の話ですよね?」


吉川 「裏は裏だよ。裏社会だよ。あんたそうだって言っただろ」


藤村 「う、裏社会ー!?」


吉川 「声がでかい」


藤村 「あの、うちはイオンの裏なんですよ」


吉川 「イオンの裏に住んでるのか」


藤村 「はい。駅から向かって。だから友だちが来る時は『イオンの裏だよ』なんて言って」


吉川 「……掃除屋ってのは?」


藤村 「ビル清掃です」


吉川 「ビル清掃。それは隠語ではなくて」


藤村 「隠語はよくわからないんですが、ビルを掃除する。ご存じない?」


吉川 「知ってるよ。ガムとかだろ」


藤村 「そうです。ガムとかです」


吉川 「どうやら勘違いだったようだな。悪いが知られたからには死んでもらう」


藤村 「し、死んでー!?」


吉川 「声がでかいな。映画じゃないんだからさ。日常でそんな驚き方するか?」


藤村 「すみません。でも俺絶対誰にも言いません」


吉川 「信じられるか」


藤村 「信じてください。言うときには『絶対に誰にも言うなよ』って言ってから言います」


吉川 「言うんじゃないか。それがダメなんだよ」


藤村 「ここだけの話で」


吉川 「ここだけの話を聞いてそこだけで終わらせるやついないんだよ」


藤村 「絶対に言いませんから。誓います。指切りしましょう」


吉川 「おまえこれ見て言ってんのか?」


藤村 「ゆ、指ないー!?」


吉川 「うるせーな、ないよ」


藤村 「すみません、気にしてることを」


吉川 「そういうことじゃねぇよ。この仕事してて指がないのをコンプレックスに感じてるやついないよ。『あ~あ、私も指があればいいのに』ってお風呂に沈んで泡をブクブクしてるやつ一人もいないよ」


藤村 「あ、でもあれです。俺の友達にM・O・Sのエージェントがいます」


吉川 「M・O・S? 聞いたことないな。どういう組織だ?」


藤村 「ハンバーガー売ってる……」


吉川 「モスじゃねぇか! M・O・Sって言わないだろ」


藤村 「言いませんか? M・O・S行こうぜって」


吉川 「聞いたことねぇよ。全然馴染んでない。言いながら今ちょっとつっかえただろ」


藤村 「あとケン、K・F・Cのエージェントも」


吉川 「ケンタッキー・フライド・チキンじゃねぇか。ケンって言っちゃってるだろ。そこはスッて言えよ。大事なところだろ。あとエージェントって言い方もやめろ。特別感出しやがって」


藤村 「でも任せてください。俺のネットワークで必ずお探しの人物を見つけますから」


吉川 「ネットワーク? そんなもんあるのか」


藤村 「実は俺には異名があるんですよ。掃除屋以外にも」


吉川 「そうだろうな。ビル清掃の人に掃除屋ってあだ名つけらるのいじめだもん。なんて異名だ?」


藤村 「拡声器です」


吉川 「おまえ絶対しゃべるだろ!」



暗転

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