痛ましい

吉川 「……という事件がありました。まったく痛ましい事件ですね」


藤村 「おっしゃるとおりです。ちなみに吉川さんはどのように痛ましいと思いましたか?」


吉川 「どのように? というと?」


藤村 「痛ましい事件だと感じたんですよね?」


吉川 「もちろん」


藤村 「どのように痛ましかったですか?」


吉川 「どのようにというか、痛ましいは痛ましいで感情を表現できてると思うのですが」


藤村 「痛ましレベルはどのくらいですか?」


吉川 「痛ましレベル? そういうのあるんですか? いや、これは順位をつけるようなことではないと思うのですが」


藤村 「私、一昨日歯が欠けて急いで歯医者に行って今詰め物をしてもらってる状態なんですよ。これよりは痛ましいですか?」


吉川 「えー。それよりは痛ましいと思います」


藤村 「歯が欠けるのも結構痛ましいですよ?」


吉川 「でも事件ですし……」


藤村 「私の歯欠けはたいして痛ましくないということですか?」


吉川 「そういうわけでは」


藤村 「では板橋とはどっちが痛ましいですか?」


吉川 「板橋? なんですか、板橋って」


藤村 「板橋区です。23区の左上の」


吉川 「いや、板橋ではないですよ。関係ないじゃないですか」


藤村 「板橋よりは痛ましいということですね?」


吉川 「なに言ってるんですか? 事件関係ないじゃないですか。板橋で起きた事件でもない」


藤村 「では当然練馬よりも痛ましいということですね」


吉川 「もう何も関係ないじゃないですか。まだ板橋は薄っすら味がしたのに」


藤村 「イカ飯とはどうですか?」


吉川 「なにを聞きたいんですか? この事件を見て『ほほぉ、イカ飯のようですね』って答えたら頭おかしいでしょ」


藤村 「でもイカ飯は美味しいですよ」


吉川 「知ってるよ。イカ飯の美味しさは誰よりも知ってる。ただその美味しさは一ミリも事件に影響を与えないだろ」


藤村 「いかめしい事件ではないですか?」


吉川 「厳しくはないだろ。痛ましいと厳しいはだいぶニュアンス違いますよ」


藤村 「厳しいは痛ましレベルだとかなり低いということですか?」


吉川 「そういうことではなくて。厳しいは痛ましレベルじゃ表せないですよ」


藤村 「鹿爪らしいも?」


吉川 「違う意味の形容詞を違う言葉のレベルで表現しないでしょ」


藤村 「でもぬるいは熱いレベルの下の方じゃないですか」


吉川 「気持ち悪い屁理屈を言うな。それはどっちも温度の時に使うから違う意味じゃない」


藤村 「じゃぁ、おだやかは温度の形容詞じゃないけど暑いの低いレベルの時に使うでしょ」


吉川 「お前なんだ。むかつくな」


藤村 「あ、今結構痛ましい気持ちですか?」


吉川 「痛ましいは自分の感情の時に使わないだろ。他人のことが自分の痛みのように感じるほどだから痛ましいんだよ」


藤村 「では私の歯が欠けたのも痛ましいのでは」


吉川 「全然? 全然痛ましくない。むしろ爽快なくらい」


藤村 「ひどいこと言いますね。実際ちょっと痛いから痛み止めもらってきたんですよ」


吉川 「そうなのか。ごめん。ついムキになってしまいました」


藤村 「飲みます? 鎮痛と精神安定の作用がある薬なんで」


吉川 「いやいや、そんな他人からもらった薬なんて怖い。どこでもらってきたかもわからないのに」


藤村 「ファーマシー」



暗転

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