クローン人間

博士 「おお、吉川くん。こんなところにいたか」


吉川 「どうしたんですか? 血相を変えて」


博士 「実は、深刻な悩みがあってな」


吉川 「なんです? 私に力になれますか?」


博士 「吉川くんでは力不足は否めないが、この際そうとも言ってられない」


吉川 「失敬だな」


博士 「ウソウソ。吉川くんがいてくれれば、鬼の目にも金棒だよ」


吉川 「痛いよ! いくら鬼でもそんなもの入らないよ」


博士 「実は……」


吉川 「はい」


博士 「わしのラブゲッティが鳴らないんじゃ」


吉川 「そんなことかよ! いまどきラブゲッティなんて持ってる人いないよ」


博士 「ちゃんと、蒲田とか繁華街に持っていってうろちょろしてるのに」


吉川 「なんで蒲田なんだ。蒲田に出会いなどない!」


博士 「だから、相談なんじゃが、吉川くん女用のラブゲティ持ってうろちょろしてくれないか?」


吉川 「なんでわざわざ蒲田で博士と出会わなきゃいけないんだ」


博士 「一緒にカラオケとかしけこもうぜ」


吉川 「しけこまないよ! まったく、何事かと思えば」


博士 「吉川くんは冷たいな」


吉川 「これが普通です」


博士 「やっぱり失敗だったか。本物ならもっと優しかったはずなのに」


吉川 「なんですか? 本物って」


博士 「いや、なんでもない。そっちの話」


吉川 「そっちの話なら、なんでもなくないでしょ! こっちの話でしょうが」


博士 「じゃ、あっちの話」


吉川 「どこの話だ。なんなんですか! すごい気になる」


博士 「気にしないでいいぞ。あんまり気にしすぎるとハゲるぞ。もみあげとかが」


吉川 「そんなピンポイントにハゲないよ! なんなんですか!」


博士 「どうしても聞きたい?」


吉川 「聞きたいです。すっきりしたいですからね」


博士 「聞けば後悔するかも知れないぞ」


吉川 「う……。そんなこと言ってどうせ、またたいしたことない話なんでしょ?」


博士 「まぁ、たいしたことないと言えば、たいしたことない。ラブゲティの方が重大だ」


吉川 「ラブゲティ以下か。じゃ言ってくださいよ」


博士 「クローン技術は知ってるな?」


吉川 「当然ですよ。科学者ですからね。細胞から生体を製造する技術です」


博士 「実は……わし、成功したんじゃ」


吉川 「クローンの成功は、それほど珍しいことではないですよ。有名な物ではクローン羊のドリーとか」


博士 「あぁ、テリーの細胞から作った羊じゃな」


吉川 「そんな、ファンクスみたいな羊じゃないですけどね」


博士 「わしが成功したのは……。クローン人間じゃ」


吉川 「にっ!? 人間て、それは世界協定で禁止されているはずじゃ!」


博士 「こっそり作っちゃった」


吉川 「こっそりじゃないですよ! 倫理的にも生物学的にも問題大有りじゃないですか」


博士 「だから、こっそりだって言ってるじゃん。そんなに目くじらたてなくてもいいじゃん!」


吉川 「たてますよ! こっそりでもダメでしょ」


博士 「だってできちゃったんだもん。しょうがないじゃん。殺すわけにもいかないし」


吉川 「だからダメなんですって」


博士 「もう、いちいちうるさいなぁ。二号のくせに……」


吉川 「え」


博士 「いや、なんでもない。そっちの話」


吉川 「今、二号って……それってもしかして、私のこと?」


博士 「チガウヨ。お米のことデスヨ。今日は二号食べるぞー」


吉川 「突然、お米の話するのおかしいでしょ。なんか、カタコトになってるし」


博士 「……ごめん」


吉川 「まさか……」


博士 「……うん」


吉川 「私が……クローン……」


博士 「いや、クローンて言ってもね、そんなに気にすることないよ。逆にモテるかもしれないじゃん?」


吉川 「私が……」


博士 「モテちゃうぞー。ラブゲティなんか鳴りっぱなしだよ」


吉川 「私が……クローン」


博士 「まぁ、気にするな」


吉川 「しますよ! あんた、なんてことしてくれたんだ! じゃ、私の記憶は? 私のアイデンティティは!? 全て作り物だったって訳か!」


博士 「……ごめんね」


吉川 「なんてことだ……。私がクローン」


博士 「いいじゃん。双子だと思えば」


吉川 「フフフフフ……ハハハハハ!」


博士 「いや、今のはギャグじゃないよ」


吉川 「ハッハッハ! 私がクローンだったとは、お笑いだよ。私は作り物だったんだ。作り物の人間だったんだ! いや、人間ですらない! ただの細胞だ!」


博士 「吉川くん。気を確かに!」


吉川 「これが冷静でいられるか! よぅし、わかった。私は、私のアイデンティティを求める! それが私に課せられたカルマだ」


博士 「吉川くん!」


吉川 「私は自らを肯定するぞ!」


博士 「吉川くん! 仕方がない。こうなっては……」


吉川 「どうするというのだ?」


博士 「お前を……消す」


吉川 「ほぉ。勝手に作って、勝手に殺すのか。随分なもんだな」


博士 「それでも、わしは……自分の犯した過ちを正さねばならない」


吉川 「大人しく殺されると思うか?」


博士 「吉川くん……スマン」



銃声



博士 「吉……川……く……」


吉川 「……」


博士 「……」


吉川 「やっぱり、失敗か」


博士 「……」


吉川 「博士38号も、殺意を抱くようになってしまったか。まったく、いつになったら完全なクローンができることやら……あ、博士!」


博士 「どうだった? 実験は」


吉川 「ダメですね。しかし、何度やっても気持ちのいいものじゃないですよ。博士と同じ容姿の人間を殺すのは」


博士 「そうか。また殺したのか」


吉川 「そうしないと、私がやられますからね。さすがにクローンにやられたとあっちゃ、情けないですよ」


博士 「では、オリジナルが手を下すしかないな」


吉川 「ええ」



銃声



博士 「……」


吉川 「え……なん……で……」


博士 「また失敗か。吉川くん1034号は……しかし、こういう死体処理のために作られたんじゃたまったもんじゃないよ……」



暗転

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