ウィー・アー・ザ・ワールド
藤村 「ストップ。違うなぁ、吉川さん。もうちょっと気持ち込められないかな?」
吉川 「え、あ。はい。あの、すみません、気持ちってどういう?」
藤村 「ちなみに今のはどんな気持ちで歌ったの?」
吉川 「どんな? えーと、困惑です。なんで私が、っていう」
藤村 「ふんふん、困惑。それは新しい解釈だな。困惑、もうちょっとそのパターンで突き進めてみますか?」
吉川 「いや、別に歌に気持ちを込めたわけじゃなく。ただ今の気持ちなんです」
藤村 「それが大事だから。自分の内側から湧き上がる本当の気持ち。それをどう表現するか。他の参加アーティストもみんなそうだから」
吉川 「ほ、他の参加アーティストもですか? でもその人たちは私とは心構えが違うような」
藤村 「一緒だよ。特にこの歌は世界中みんな一緒っていう意味なんだから。あなただけが違うってのは歌の趣旨からも外れてる」
吉川 「はい、あの。本当なんですか?」
藤村 「何が?」
吉川 「本当にウィー・アー・ザ・ワールドの追加録音なんですか?」
藤村 「それ以外に何があるの? このメロディで俺ら東京さ行ぐだを歌うつもり?」
吉川 「いえ、歌がどうとかじゃなくて。なんで私が選ばれたんですか?」
藤村 「わからない? ウィー・アー・ザ・ワールドの参加メンバー。そうそうたるメンツだよ。もう逝去された方もいる。でもその中にいないタイプが居るでしょ」
吉川 「アジア人ですか?」
藤村 「そういう人種みたいなセンシティブなことを言わないでくれるかな。どこでうるさいバカに聞かれるかわからないから」
吉川 「言い方が全然センシティブじゃない」
藤村 「現代は多様性の時代だよ。だからこそ、あの中にいなかったタイプが必要なんだよ。そうしないとメッセージが過去のものになってしまう」
吉川 「日本人ってことですか?」
藤村 「歌が下手な人だよ」
吉川 「あ。歌が……」
藤村 「あれだけのメンバー揃えても一人もいないんだよ」
吉川 「そりゃそうでしょ。そうじゃない人で集めたんだから」
藤村 「でもそれじゃさ、すべての人に届かないと思うんだよ。どうせ歌の上手い人たちだけのお祭りなんだってひねくれるバカがいるから」
吉川 「さっきからチョイチョイ、バカってやめた方がいいと思います」
藤村 「吉川さん、あなたの歌にかかってるから! ウィー・アー・ザ・ワールドが再び生き返るか、それともあなたが殺してしまうのか」
吉川 「私が? 別に私が殺すわけじゃないでしょ? なんか責任が全部こっちに来ちゃってません?」
藤村 「このプロジェクトが失敗したらもうワールドはウィーじゃなくなるんだよ」
吉川 「ワールドが? ワールド全部の責任まで負うの?」
藤村 「だからそんな気持ちを込めて、歌ってくれるかな?」
吉川 「下手なのが見込まれてるんですよね? だったら下手でもいいんですよね?」
藤村 「下手なら何だっていいってわけじゃないんだよ。この錚々たるメンバーに対して一歩も引けを取らない歌声じゃないと」
吉川 「それは無理でしょ。スーパースターたちですよ?」
藤村 「そうだよ。でもあいつらは自分たちこそがワールドだって言い張ってるんだから。そこはさ、極東の島国で生まれ育った歌の下手な吉川さんが『いや、俺こそがワールドだ!』って立ち向かわなきゃ」
吉川 「え、私だけ世界の外にいるの? 私も含めてウィーじゃないの?」
藤村 「残念ながら吉川さんはまだ現時点では……」
吉川 「ウィーじゃなかったの? どういうこと? なんで私だけ」
藤村 「だからこそ見せつけてやりましょうや!」
吉川 「説明になってない。なんで? あなたは? あなたはウィーなの?」
藤村 「ウィ」
吉川 「フランス語で!? さすがワールド」
暗転
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