ロケットパンチ

吉川 「お前! どうしたんだよ、その手!?」


藤村 「いやぁ、はっはっは、気がついたかね、冬を先取りしたお洒落に」


吉川 「お洒落って言うかそれ……」


藤村 「あぁ、ロケットパンチだ」


吉川 「やっぱり! なんか合金チックだからおかしいと思ったんだ」


藤村 「最初は、こんなもんて馬鹿にしてたんだが、してみると案外いいもんだぞ」


吉川 「そ、そうなの?」


藤村 「例えば、悪の怪人が現れたときとか」


吉川 「いや、そんな例えばは滅多に起こらないと思うけど」


藤村 「例えばの話だよ。やだなぁ、真に受けるなよ」


吉川 「だって、それ以外に使い道は?」


藤村 「……じゃんけんだってできるぞ?」


吉川 「それは、標準の手で十分出来る」


藤村 「馬鹿! 俺のグーはそこいらのグーじゃないぞ。パーなんかには負けない」


吉川 「じゃんけんとして成立してないんじゃ……」


藤村 「あとは、背中をかいてて、痒いところにもうちょっとで届くのに届かないというもどかしいときにこそ」


吉川 「孫の手でいいじゃん」


藤村 「そんなことで可愛い孫をわずらわせられない」


吉川 「いや、本当の孫の手じゃなくてさ、あの、棒みたいな孫の手」


藤村 「それじゃ、微妙なタッチが再現できないだろ?」


吉川 「そうかもしれないけど……ロケットパンチじゃ、飛んでいっちゃうんじゃない?」


藤村 「そりゃ、飛んでいくさ。ロケットパンチだもの」


吉川 「背中かくどころじゃないじゃん」


藤村 「だから、例えばの話だよ。例えば背中を痒がってる悪の怪人がいたり」


吉川 「そんな悪の怪人はいやしないし、いたところで普通にかいてあげればいい」


藤村 「お前はなんだ? ロケットパンチ否定派か?」


吉川 「いや、そんな地味な派閥には入ってないけど」


藤村 「良く考えてみろ、手がロケットのようにとぶんだぞ」


吉川 「良く考えてみたけど、メリットがあまり見つからない」


藤村 「これだから想像力が貧困な人間のクズはダメなんだ」


吉川 「さらっとひどいこと言うね」


藤村 「そんなことより、見てみたくないか? この俺のロケットパンチの破壊力を」


吉川 「ちょっと興味あるけど……それって、とんでいった後どうするの?」


藤村 「拾いにいくよ」


吉川 「そういう部分は手動なんだ」


藤村 「所詮ロケットだからな。無くしたりしたら大変」


吉川 「なくなっちゃったときはどうするの?」


藤村 「そういう事も考えて予備を用意しておいた」


吉川 「おぉ」


藤村 「ジャジャーン」


吉川 「え、それって……」


藤村 「ロケットパンチ、猫バージョン」


吉川 「猫の手ってことか……可愛いんだか可愛くないんだか」


藤村 「この肉球の再現に苦労した」


吉川 「別に再現しなくてもいいのに」


藤村 「限りなく猫の手に近いロケットパンチだ」


吉川 「普通の人間の手を作ればいいのに」


藤村 「わかってないなぁ。これはモノの大切さを忘れかけている人間に対する警鐘なんだよ」


吉川 「いや、大切だと思ってるよ」


藤村 「失って初めてわかる大切さというものもある。このロケットがとんでいった後の喪失感といったらないぞ」


吉川 「たしかに、相当な喪失感だな」


藤村 「このロケットパンチを開発するのには挫折の連続だったよ」


吉川 「そんないらん苦労を」


藤村 「一番難しかったのがここ、生命線の長さね。ほら、長いでしょ?」


吉川 「そんな部分で挫折してたのか」


藤村 「短く作っていきなり死んじゃったら元も子もないからね」


吉川 「いや、生命線はそんなに人間の重要な機関を司ってないと思うけど」


藤村 「あ~あ、試したいなぁ。一発ぶっ放したいなぁ」


吉川 「恐ろしいことを言い始めた。一応ロケットパンチなんだから、そう易々とぶっ放しちゃダメでしょ」


藤村 「そうなんだよ。下手すると周囲5kmが灰燼と化すからね」


吉川 「強力すぎだよ! 自分も死んじゃうじゃん」


藤村 「俺も作ってそう気がついたんだ。これは、俺の手には余る存在だった」


吉川 「手なのに……」


藤村 「まぁ、ロケットパンチが必要な時はいつでも言ってくれ」


吉川 「あ、ちょうどよかった」


藤村 「なに? 悪の怪人でもいた?」


吉川 「いや、そんな丁度よさはない。いま、友達が引越しするんだけど」


藤村 「へぇ。で、俺にどうしろと?」


吉川 「ちょっと手を貸してくれないかな」


藤村 「はい」



暗転

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