バジル

吉川 「バジルを栽培し始めた」


藤村 「丑年だけにね」


吉川 「いや、干支とはまるで関係ないと思うけど」


藤村 「しかし、バジルかぁ。思い出すなぁ」


吉川 「なにか、バジルに思い出でも?」


藤村 「あれは俺がまだイタリア人だった頃のことだ」


吉川 「嘘をつけ。どこからどう見ても日本人じゃないか」


藤村 「今では立派な日本人として恥ずかしくない俺だけども、幼い頃はこれでも色々と苦労したんだぜ」


吉川 「だからと言って、イタリア人ではない」


藤村 「まぁ、若干誇張表現を交えて明るい雰囲気作りを演出してしまった」


吉川 「それをただの嘘というのだ」


藤村 「良かれと思って言ったのに、こんなことなら初めから正直に話すべきだった」


吉川 「良かれと思う時点でおかしい」


藤村 「実は、俺はイタリア人じゃない」


吉川 「それは最初から分っていた」


藤村 「ブラジル人だ」


吉川 「嘘の上塗りをするな」


藤村 「お前は、俺の嘘を見破る天才だな」


吉川 「そんな中途半端な才能欲しくない」


藤村 「まぁ、そんなことより、バジルのことだよ」


吉川 「自分で勝手に脱線させておいて」


藤村 「まぁ、バジルのことなら俺に任せておけ」


吉川 「またそんなことを」


藤村 「これは本当だ。むしろバジル以外のことは俺に任せちゃダメだ」


吉川 「なんて使えない男だ」


藤村 「さぁ、なんなりとバジルのことを聞きたまえ」


吉川 「いや、特に……」


藤村 「バカ野郎! バジルに王道なしと昔から言うだろ」


吉川 「初めて聞いたけど」


藤村 「俺のおじいちゃんの遺言だ」


吉川 「つまらない言葉残して死んだなぁ」


藤村 「立派なイタリア人だったよ」


吉川 「そういう、嘘だかなんだかわからないこと言うなよ」


藤村 「嘘だ」


吉川 「ツッコミ辛いよ」


藤村 「どちらかと言えば、あまり立派じゃない日本人だった」


吉川 「まぁ、なんとなくわからないでもない」


藤村 「お前のバジル魂は燃えてるか?」


吉川 「いや、魂までは……」


藤村 「バジルを育てるのは、水でも土でもない。愛だ」


吉川 「愛か」


藤村 「そう。愛を注げば注ぐほどバジルは立派になる」


吉川 「水くらいしか注いでないけど、意外とタフに育ってるよ」


藤村 「そうか。お前には負けたよ」


吉川 「元々雑草だしね」


藤村 「その言葉……おじいちゃんに聞かせたかったぜ」


吉川 「なんで? 別にいい言葉とかじゃないのに」


藤村 「おじいちゃんも、聞かされて迷惑がるだろうな」


吉川 「だったら聞かせるなよ」


藤村 「お前ほどバジルに愛されたポルトガル人も、そうはいないだろうな」


吉川 「日本人だけどね」


藤村 「ある意味、日本人なんてポルトガル人みたいなもんだ」


吉川 「言ってる意味が分らない」


藤村 「俺のイタリア人も年貢の納め時だな」


吉川 「そんな年貢納められたほうもいい迷惑だ」


藤村 「俺のバジル魂は燃え尽きたぜ」


吉川 「それは雑草魂ってことなのか?」


藤村 「和風に言えばそうだな」


吉川 「別に和風じゃないと思うけど」


藤村 「ボンジョルノも言い納めか」


吉川 「そんなの勝手に言えばいい」


藤村 「そんなこと……バジルに悪くてできるか!」


吉川 「なんでバジルに義理立てしてるんだ」


藤村 「バジルは俺の心のハーブだよ」


吉川 「いや、別に心じゃなくてもハーブだよ」


藤村 「ハーブをなめるな!」


吉川 「別になめてないけど」


藤村 「ハーブをなめると……いい香りがする」


吉川 「普通のことだな」


藤村 「まぁ、バジルのことで困ったらいつでも私を訪ねてきなさい」


吉川 「う、うん。頼りにするよ」


藤村 「ただし、これだけは言っておく。俺は、本当は、ブラジル人じゃない」


吉川 「わかってるよ」


藤村 「ブラジル人と日本人のハーフのことを尊敬の意味を込めてハーブっていうんだよ」


吉川 「嘘付け」


藤村 「まったく、お前には嘘はつけないな」


吉川 「俺じゃなくてもわかる」


藤村 「嘘がすぐバジル」


吉川 「そ、それは……バレルとかけたダジャレ?」


藤村 「……それに関しては深く追求しないでくれ」


吉川 「そういえば、ハーブティーでも飲むか? コーヒーもあるけど」


藤村 「お、いいね。でも、もう俺、行かなきゃ」


吉川 「まぁ、一杯くらい飲んで行けよ」


藤村 「本当、急いでるんだよ」


吉川 「どっちにする?」


藤村 「チャオ」


吉川 「ハーブティー?」


藤村 「イタリア人です」


吉川 「しつけぇ!」



暗転

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