まずい水

博士 「吉川くん、空前絶後、言語道断の珍発明じゃ!」


吉川 「なんですか? いったい」


博士 「日本のマーケットをあらゆる角度から分析した結果、とんでもない新商品を開発してしまった」


吉川 「どうせまた、ろくでもないものなんでしょ」


博士 「ふっふっふ、これを見てもまだそんなことが言えるかね?」


吉川 「なっ!? これは……」


博士 「その名も、まずい水」


吉川 「ろくでもねー」


博士 「吉川くんはこういう言葉を知っているかね? 水は大切にしよう」


吉川 「節水の呼びかけじゃないですか」


博士 「エジプトの古い教えじゃ」


吉川 「嘘付け。そんなのトイレとかに張り紙してある」


博士 「あぁ、エジプト式のトイレね」


吉川 「そんなんじゃない。なんだ、エジプト式って」


博士 「この商品のすごいところは、まぁ、まず味わってみたまえ」


吉川 「う……。これは! まずい」


博士 「はっはっは。まずいだろぉ」


吉川 「無色無臭でよくこれだけまずいものを……」


博士 「そこは科学の知恵じゃ」


吉川 「科学の知恵を無駄遣いするなよ」


博士 「吉川くん、青汁というのを知っているな?」


吉川 「あぁ、健康ドリンクの」


博士 「なぜあれが大ヒットしたか、それはまずいからだ」


吉川 「違います」


博士 「ノータイムで否定したな」


吉川 「健康にいいから、まずいのは目を瞑ってるだけです」


博士 「まぁ、考えても見たまえ、この世の中に水が売れるだなんて40年前は誰も思わなかった」


吉川 「そうでしょうね」


博士 「しかし、今、水は飛ぶ鳥を落とす勢いだ!」


吉川 「水鉄砲みたいだな」


博士 「そして、どこのメーカーからも出ている水はおいしいときてる」


吉川 「そりゃ、おいしいから買うんでしょうが」


博士 「そこだよ! わしはそこに目をつけた!」


吉川 「つけなくてもいいのに」


博士 「いわゆる盲点というやつだな。どこもまずい水を扱ってない」


吉川 「売れないからです」


博士 「この水はな、ただまずいだけじゃないんだよ」


吉川 「健康にいいとか?」


博士 「いや、健康にも悪い」


吉川 「救いようがないじゃないですか」


博士 「ためしに金魚を泳がせたら30分で弱ってきた」


吉川 「毒じゃないですか」


博士 「だから、まずい上に身体にも悪い」


吉川 「そんなもの誰が買うんだ」


博士 「誰って……吉川くんの親戚とか……」


吉川 「なんで、身内を売るようなまねをしなきゃいけないんだ」


博士 「この飽食の日本、美味いものはどこに行っても手に入る、だがどうだろう? まずいものときたら、なかなかお目にかかれないぞ」


吉川 「まずい店は潰れますからね」


博士 「だからこそ、庶民はまずさに飢えている」


吉川 「まずいくらいだったら飢える方がましだ」


博士 「この強情っぱり!」


吉川 「こんなものを作るならもっと別のことを考えろ」


博士 「うぅ、せっかくこんなにまずくできたのに」


吉川 「どうしてベクトルがそっち側にいっちゃってるんだ」


博士 「姉妹品で、すごいまずい水というのも考えてた。これは、ユンケルでいうところの黄帝ゴールド」


吉川 「そんなもん買わないからいい」


博士 「吉川くん、発想を逆転させたまえ、このまずい水を飲んだ後に、普通の水を飲むとどうだ」


吉川 「そりゃ、おいしく感じるでしょうよ」


博士 「だろ? やったじゃん。美味しさポイント獲得じゃん」


吉川 「なんだ、そのポイントは。だったらはじめからおいしい水を飲むよ」


博士 「あーもったいない。こんなまずい体験はなかなかできないのに」


吉川 「したくない」


博士 「そんなこといいながら、心の中では舌舐めずりを」


吉川 「してない」


博士 「吉川くんのまずいもの嫌いめ!」


吉川 「普通、誰だってまずいもの嫌いだ」


博士 「売れると思うんだけどなぁ」


吉川 「売れませんよ。青汁が売れたのは、健康にいいからですよ?」


博士 「あー、健康」


吉川 「今の日本人は健康のためなら死んでもいいと考えてるくらいです。健康になるものが一番なんです。毒のあるまずい水なんてもってのほかだ」


博士 「健康になるまずいものならあるんだけど」


吉川 「あるんですか?」


博士 「いや、でもこれは……」


吉川 「それでいきましょうよ」


博士 「そう? いっちゃう? 一攫千金しちゃう?」


吉川 「なんなんですか? その健康になるものって」


博士 「まずいよ?」


吉川 「多少のまずさは目を瞑りますよ」


博士 「そうか。この薬なんだけど」


吉川 「へー、これまずいんですか?」


博士 「うん。すごい元気になるんだけどね」


吉川 「飲んでみていいですか?」


博士 「おう! バリバリ元気になるぞー」


吉川 「あら? これ、まずくないですよ」


博士 「いや、まずいんだよ。法的に」


吉川 「飲んじゃったよ!」



暗転

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