美容院

藤村 「いらっしゃいませー」


吉川 「あ、17時に予約した吉川ですけど」


藤村 「はい。私、本日カットを担当させていただきます、ジュテーム藤村です」


吉川 「ジュテーム……」


藤村 「ジュテーム藤村のジュは小村寿太郎のジュです」


吉川 「は、はぁ。そうですか」


藤村 「それでは、本日は、どんな面白い感じにしましょうか?」


吉川 「いや、面白い感じにしてくれなくていいです」


藤村 「お客様の顔立ちだと10円ハゲとか似合いそうですねぇ」


吉川 「似合いたくないですよ。やめてください」


藤村 「いやいや、ほんの冗談ですよ」


吉川 「あの、適当に……」


藤村 「フーン。じゃ、適当にしますね。チョキチョキチョッキンナー」


吉川 「いや、適当に切らないで下さい。ちゃんと切って!」


藤村 「あ、そっちの適当?」


吉川 「どっちの適当でもいいんですけど、あの……じゃ、ティモシー・シャラメみたいにしてください」


藤村 「はっはっは。お客様、ご冗談を。ティモシー・シャラメなんて実在しませんよ」


吉川 「いや、しますよ! ほら、この雑誌にも載ってる」


藤村 「はいはい。います。いますよ。ティモシー・シャラメはいつでも私たちの心の中に……」


吉川 「普通にいますよ! なにロマンチックな感じで納得させようとしてるんですか」


藤村 「じゃ、ティモシー・シャラメを踏まえつつ、志村けんみたいな感じでいきましょうか?」


吉川 「いやいや、いかないでください。なんで志村けんでてくるの?」


藤村 「お客様の個性を生かした形で」


吉川 「そんな志村けんな個性はいらないですよ」


藤村 「あ、お客様、癖っ毛ですね」


吉川 「そうなんですよ」


藤村 「くせっ! うわぁ! くっせ!」


吉川 「いや、臭くないでしょ。洗ってきたばっかりだもん」


藤村 「そうですか。なんか魚類の匂いがしそうな感じだったもんで」


吉川 「あなた失礼だな。なんだ魚類って」


藤村 「じゃ、この癖っ毛を生かしつつ、志村けんを……」


吉川 「志村はいらないって! なんで志村にしようとするかなぁ」


藤村 「そこまでいうなら、癖っ毛を生かしません」


吉川 「いや、そんなかたくなになられても」


藤村 「お客様、あれでしょ? 動物占いはペガサスでしょ?」


吉川 「くろひょうですけど……」


藤村 「ははぁ~ん。くろひょうだけに! ね」


吉川 「なにが、だけにだったんだ」


藤村 「はい、こんな感じでどうでしょ?」


吉川 「あ、結構まともだ」


藤村 「こう見えても、ジュテームはやるときはやるタイプですから」


吉川 「じゃ、これで」


藤村 「それでは洗髪しますので、こちらにどうぞ」


吉川 「はい」


藤村 「あ、そこ、気をつけてください。汚い髪の毛が落ちてますから」


吉川 「いや、これ私の髪の毛じゃないですか。汚いとは失礼な」


藤村 「えんがちょ」


吉川 「えんがちょ切るなよ!」


藤村 「ではこちらで、髪の毛洗うのは初めてですかー?」


吉川 「いや、初めてなわけないでしょ。何原人だ」


藤村 「最初、ものすごく熱いのでタオルを噛んで我慢してください」


吉川 「熱いのかけないでよ! そこはちょうどよく調節してよ」


藤村 「はい、いきますよー。痒いところあったら教えますねー」


吉川 「いや、教えられても」


藤村 「あ、今背中が痒い。猛烈に痒い!」


吉川 「ど、どうすれば……」


藤村 「祈ってください! 痒いのが飛んでくように」


吉川 「えー。祈るの?」


藤村 「早く! 早くしないと漏れる!」


吉川 「漏れる!? 何が漏れるんだ」


藤村 「あー、おさまってきた。徐々に収まってきた。心の平穏が訪れてきた」


吉川 「それはよかったです」


藤村 「昔から言いますからね。痒いときはかけ、と」


吉川 「いや、別に普通じゃないですか。なんか故事とかじゃないよそれ」


藤村 「お、お客様。水も滴るいい男だ」


吉川 「いいから拭いてください」


藤村 「いやいや、ご冗談を」


吉川 「いや、別に冗談じゃないですよ。早く拭いてくださいよ」


藤村 「まぁ、勝負は水ものってことで」


吉川 「意味がわからないよ。早く拭いてよ!」


藤村 「実は私、水恐怖症なんですよ」


吉川 「さっきまで平気だったじゃないか。なんで急になるんだ」


藤村 「小さい頃に河童に尻小玉を抜かれたことがトラウマになって」


吉川 「嘘をつくな! もういい。タオル貸してくれ。自分で拭く」


藤村 「それは、負けを認めたということですか?」


吉川 「勝ち負けとかじゃないだろ!」


藤村 「いや、あなたの負けです」


吉川 「なんでだ!」


藤村 「刈ったのは私ですから」



暗転

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る