死ぬ前に

吉川 「死ぬ前に、何か言い残すことはないか?」


藤村 「この期に及んで……」


吉川 「ないか」


藤村 「あります! 実は一杯あります」


吉川 「一杯はダメだ。一つだけなら許してやろう」


藤村 「え~、けちんぼ」


吉川 「とっとと死にたいか!」


藤村 「嘘です。けちんぼじゃないです」


吉川 「言いたいことはそれだけか?」


藤村 「いや、今のは無しでしょ。ノーカン」


吉川 「わかったから早く言え」


藤村 「おい、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょ……」


吉川 「小話か! よりによってじゅげむ。長いよ!」


藤村 「いや、ここからが私のじゅげむの面白いところで」


吉川 「別に俺は面白がりたくない」


藤村 「そうですか? 死ぬ前に思いっきり人を笑わせたかったのに」


吉川 「もっと、誰かに残す言葉とか、そういうのにしろよ」


藤村 「そうですね。じゃ、お世話になった……」


吉川 「そう、そういうのだ。伝えておいてやるぜ」


藤村 「恩師のじゅげむじゅげむごこうのすり……」


吉川 「嘘つけ! 恩師がそんな落語みたいな名前なわけない」


藤村 「これが実話でして」


吉川 「じゃ、略せよ。ジュゲ先生とかにしろ」


藤村 「それじゃ心がこもりません」


吉川 「お前なぁ、自分がどういう立場だかわかってるのか?」


藤村 「はぁ、今まさに、殺されようと」


吉川 「そうだ。その時に残す言葉っていうのは、もっとなんと言うか違うだろ?」


藤村 「はぁ」


吉川 「もっとこう、心に残るような」


藤村 「わかりました。では、私のとっておきのトリビアを残しましょう」


吉川 「そうじゃないんだよ」


藤村 「死ぬ前に……」


吉川 「違うって言ってんだろ」


藤村 「また違いましたか。では結構です。このまま殺してください」


吉川 「いや、待て。死ぬ前にどうした?」


藤村 「いいんです。どうせ82へぇ程度のトリビアですから」


吉川 「意外と高いじゃないか。死ぬ前にどうしたんだ」


藤村 「さぁ、早く殺してください」


吉川 「死ぬ前に何かするんだな? そうだな?」


藤村 「覚悟を決めました」


吉川 「俺が決まってないんだよ。どうなんだ! なにかするのか?」


藤村 「なむ~」


吉川 「なむ~じゃないよ! むかつくなぁ。教えろよ」


藤村 「……」


吉川 「あ! こいつ、ついに黙秘権か。なんだ! 要求を言え、それとトリビアと引き換えだ」


藤村 「え~でも……」


吉川 「いいから。上には俺から何とか言っておくから」


藤村 「じゃ、銃を」


吉川 「おう、銃だな。ほら」


藤村 「死ぬ前に……」


吉川 「待ってました」


藤村 「何か言い残すことはないか?」


吉川 「……へぇ」



暗転

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