バイト

吉川 「新人の吉川です。よろしくお願いします」


藤村 「あぁ、君が新しいバイトの子?」


吉川 「はい」


藤村 「まぁ、困ったことがあったら、なんでも誰かに聞きなさい」


吉川 「え……。誰かって」


藤村 「誰かだよ、そこら辺の村人Aとか」


吉川 「いや、あなたは?」


藤村 「俺? 俺はアレだよ。我流だからさ」


吉川 「いや、我流ってバイトでしょ?」


藤村 「まぁ、独学でここまできたからね。俺に聞いてもいいけど報酬ははずんでもらうよ」


吉川 「報酬って……。あの、いろいろ教えてもらえって言われたんですけど」


藤村 「そうか、ならば仕方ない。この俺の磨きぬかれた技のすべてをおぬしに伝授しよう」


吉川 「は、はぁ。よろしくお願いします」


藤村 「まずレジ。レジは扱ったことある?」


吉川 「はい」


藤村 「ほぉ、どこの戦場で?」


吉川 「いや、戦場ではないです。そういうレジの使い方は知らないので」


藤村 「あぁ。あれか? 軟式?」


吉川 「いや、軟式のレジって意味がわからないんですけど」


藤村 「そんなことも知らないのか。まったくの素人だな」


吉川 「はぁ、すみません」


藤村 「まぁいいや。レジを扱う時の注意点は三つ」


吉川 「はい」


藤村 「猥褻行為をしながら使用しない」


吉川 「え……」


藤村 「捕まっちゃうからね」


吉川 「いや、それはレジ関係なしに捕まるんじゃ……」


藤村 「あとは、野菜をじっくりコトコト煮立てない」


吉川 「……煮立たないような気がしますけど」


藤村 「最後に、夢は決してあきらめない」


吉川 「もう完璧にレジは関係ないですね」


藤村 「バカヤロウ! この注意を守らなかったばっかりに幾人ものバイトが闇の集団によってパラダイスに連れて行かれてるんだぞ!」


吉川 「そ、そうだったんですか……気をつけます」


藤村 「あと、自己ベストは何メートル?」


吉川 「は? なんのですか?」


藤村 「なんのって、レジのに決まってるだろ」


吉川 「え。もう最初から最後まで意味がわからないんですが……」


藤村 「俺はこう見えてもインターハイ目指してたからね。いまでも2mは軽いよ」


吉川 「えっと……なんの距離がでしょうか?」


藤村 「お前、レジ使ったことないの?」


吉川 「いや、ありますけど……。メートル法が適応される使い方はまだ……」


藤村 「まったく、あきれたど素人だ。よくバイト受かったね」


吉川 「すみません。それで何メートルって」


藤村 「あぁ。もういいよ。忘れて」


吉川 「いやいや、全然忘れられないですよ。夢に出そうですもん」


藤村 「あれだよ。シャクレ」


吉川 「シャクレ?」


藤村 「レジでチーンてした時のあごのシャクレの長さだよ」


吉川 「うわぁ。ものすごい適当なこと言ってる。さっき2mって……」


藤村 「こう見えても受け口なんだよ!」


吉川 「なんか知らないけど逆切れされた」


藤村 「じゃ、実践辺になるけど、ほら、ここにバーコードの読みとり口があるでしょ?」


吉川 「は、はい」


藤村 「なめないようにね」


吉川 「なめませんよ」


藤村 「ピッとくるから」


吉川 「なめたんですかっ!?」


藤村 「甘い樹液の匂いがするんだよ」


吉川 「樹液って……カブトムシですか」


藤村 「それさえわかってればだいたい勝てるから」


吉川 「勝てるって、いったいなにに?」


藤村 「己自身だよ」


吉川 「……が、がんばります」


藤村 「どうした新人。もう臆したのか?」


吉川 「いや、なんというか、変わった職場の雰囲気だと」


藤村 「あ、あとそこのボタンあるでしょ」


吉川 「これですか?」


藤村 「それ絶対押さないようにね。自爆スイッチだから」


吉川 「……押しちゃいました」


藤村 「バカ! 自爆するぞ」


吉川 「なっ!? なんでレジが!」


藤村 「ボーン」


吉川 「あんたがか」



暗転

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