メロス

吉川 「ごちそうさま」


藤村 「え? なに?」


吉川 「え? ごちそうさま。食事を食べ終わった時の挨拶」


藤村 「いや、それは知ってるんだけど、そのさりげなく伝票を自分の関知しないものですよみたいな感じで俺に押し付けてるのはなに?」


吉川 「なにって……やだなぁ。だからごちそうさま」


藤村 「え? え? それはひょっとして俺のおごりという意味?」


吉川 「そんな野暮ったいこと言わせないでおくれやし」


藤村 「やだよ! なんでだよ」


吉川 「やだって言われる意味がわからない」


藤村 「なんでだよ、おごるなんて一言も言ってないじゃん」


吉川 「俺だって払うなんて一言も言ってないぞ」


藤村 「そうじゃなくてさ、俺、金持ってないよ?」


吉川 「え? まじで? 奇遇だなぁ。俺も!」


藤村 「いや、親近感わかしてる場合じゃないでしょ! え? 金持ってないの?」


吉川 「そりゃ持ってないさ」


藤村 「なんでさも当たり前のように言い放ってるんだ」


吉川 「まさか、お前本当に持ってないの?」


藤村 「本当に持ってないよ!」


吉川 「あぁ、わかった。これ素人ドッキリ?」


藤村 「いやいや、ドッキリじゃなくてないんだって」


吉川 「ということは、ここの支払いどうするの?」


藤村 「どうしよう」


吉川 「どうしようとはどういうことだ! 無責任だろ」


藤村 「いや、お前から誘ったんじゃ」


吉川 「俺はお前がおごってくれると信頼して誘ったんだ、お前は俺の信頼を裏切った。俺はひどく傷ついていてもう夢見る力も残ってない」


藤村 「なんて勝手なやつだ。なんか俺が悪いみたいな言い方しやがって」


吉川 「まぁ、どちらが悪いとか言ってる場合じゃない。とりあえずこの場をなんとかしなければ」


藤村 「なんとかって、どうするんだよ」


吉川 「藤村、脚に自信あるか?」


藤村 「まさかっ!」


吉川 「そう! そのまさかだ! 俺たちの脚線美で店員からおひねりを貰う」


藤村 「え? そんなまさかなの? 俺が思ってたまさかと全然違った」


吉川 「他にどんなまさかがあると言うのだ」


藤村 「……逃げるとか」


吉川 「バカヤロー!」


藤村 「うぅ、すまん」


吉川 「お前! 自分の脚線美をそんなことに使って悲しくないのか!」


藤村 「え? そっちで怒られたの? あくまで脚線美重視なんだ」


吉川 「しかし逃げてばかりいてもしょうがない」


藤村 「じゃあどうするんだよ」


吉川 「思い切って戦うか!」


藤村 「誰とだよ」


吉川 「それはお前、自分自身とだよ」


藤村 「いや、勝手に戦っててくれよ。そうじゃなくてこの窮地を切り抜けなきゃいけないだろ」


吉川 「藤村、こういう話を知ってるか?」


藤村 「どんな?」


吉川 「逃げろメロス」


藤村 「走れだ!」


吉川 「あぁ、そうだっけ? 逃げろメロスはあれか、続編か」


藤村 「そんな続編ない!」


吉川 「内容はこうだ。メロスと言う人がいて……走った」


藤村 「お前知らないだろ」


吉川 「あぁ、知らないとも! 逃げろメロスの方なら幾分詳しいぞ」


藤村 「お前の創作だろ。メロスが罪に問われて、友人が身代わりとなりメロスはその友情に報いるために走るという話だ」


吉川 「ご、ごめん……涙で前が見えないや」


藤村 「感動するの早いよ。要約でそこまでエモーション高まるか?」


吉川 「今回はこの話のいいとこ取りをしてみようと思う」


藤村 「つまり、どちらか一人が人質となる」


吉川 「そうだ。友人の……なんだっけ?」


藤村 「……セリ……セリ何とか」


吉川 「芹沢だ」


藤村 「日本人かよ。もっと外人ぽかったよ」


吉川 「ミスター・セリザ~ワ」


藤村 「言い方じゃん」


吉川 「セリーヌ・ディオンに似てた」


藤村 「それだ! セリヌンティウス」


吉川 「そうそう。その芹沢役をどちらがやるかがこの問題の肝だな」


藤村 「せっかく思い出したのに芹沢をごり押しするんだ」


吉川 「是非君に芹沢役をやってもらいたい」


藤村 「やだよ!」


吉川 「よくよく見ると、お前って芹沢顔だよな」


藤村 「どんな顔だよ! 絶対にやだ。だってお前逃げるだろ」


吉川 「そりゃ逃げるよ。メロスだもん」


藤村 「メロスは逃げないよ!」


吉川 「続編では逃げるんだよ。パート3が帰ってきたメロス」


藤村 「3まで帰ってこないじゃないか!」


吉川 「パート4なんてお色気ハチャメチャ大レースだぞ」


藤村 「ちょっと面白そうだけど、メロスにそんな続編はない!」


吉川 「ナレーションは広川太一郎」


藤村 「あぁ、なんて面白そうなメロスなんだ。しかし今は帰ってくることが先決だ」


吉川 「そこまでいうなら一つ言わせてもらおう」


藤村 「なんだよ」


吉川 「もしお前がメロスになったとして、支払う金はあるのか?」


藤村 「……」


吉川 「どこになにをとりに行くつもりだ!」


藤村 「サイフを……実家に……」


吉川 「お前の実家ブラジルじゃねーか!」


藤村 「急げばなんとかなるよ!」


吉川 「ならねーよ! どうやってブラジルに急ぐんだ」


藤村 「くそぅ、人のことを地方出身者だと思ってバカにしやがって」


吉川 「その点、俺には勝算がある」


藤村 「お前、金持ってるのかよ」


吉川 「銀行にいけばな」


藤村 「預金あるの?」


吉川 「いや、銀行に行けばお金持ってる人がたくさんいるから貸してもらえるかもしれない」


藤村 「他力本願かよ!」


吉川 「じゃ、こうしよう。ジャンケンでお前がセリヌンティウスをやる」


藤村 「なんだそれ。ジャンケンする意味ないじゃないか」

-

吉川 「ジャンケンは……いわゆるレジャーの一環だよ」


藤村 「そんなことやってる場合か!」


吉川 「とにかく、俺を信じてくれ」


藤村 「やだよ」


吉川 「藤村、お前はすでに俺を裏切っている実績がある」


藤村 「いつ裏切ったんだ」


吉川 「おごりそうな顔をしておきながらおごらなかった」


藤村 「だからそれは!」


吉川 「今度は俺が裏切る番だ」


藤村 「裏切の前提かよ! やだよ」


吉川 「信じろ! 俺のこの目を見ろ!」


藤村 「そういうなら目を瞑るな」


吉川 「必ず……助けに来る」


藤村 「でも、本当に当てはあるのか?」


吉川 「当てなんてないさ。でもな……」


藤村 「吉川?」


吉川 「妹の結婚式を目一杯楽しんでくるよ!」


藤村 「この野郎! やっぱ逃げる気だな」


吉川 「あ~ばよ~! パート3で帰ってくるぜ!」



暗転

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