吉川 「うわぁ。思ったとおりのところだなぁ」


鬼  「あの……」


吉川 「あっ! ひょっとして、鬼?」


鬼  「はぁ」


吉川 「まじで角生えてるんだ。超うける」


鬼  「いや、あの……」


吉川 「あ、写真撮ってSNSに上げていい?」


鬼  「はぁ」


吉川 「って、ここ圏外じゃん」


鬼  「まぁ、地獄ですから」


吉川 「まじかよぉ。使えねぇ」


鬼  「すみません。誰ですか?」


吉川 「あ、ただの観光客です」


鬼  「なんで観光客が……」


吉川 「ちょっと夏休みを利用して地獄めぐりでもしようかなぁって」


鬼  「え、地獄めぐりって」


吉川 「結構遠いんだもん。疲れちゃったよ」


鬼  「いや、あんまり観光気分で来るところじゃないんですけど」


吉川 「あ、地元の人?」


鬼  「地元って言うか、地獄の鬼です」


吉川 「結構アレだね、殺風景だね」


鬼  「地獄ですから……」


吉川 「なんかオススメスポットとかないの?」


鬼  「っていうか、どうやってきたんですか?」


吉川 「小田急」


鬼  「小田急線で!? そんな地獄までつながってないでしょ」


吉川 「ちょっと飛び込んで」


鬼  「わぁ。そりゃ地獄行きだ」


吉川 「初めてだったから結構ビビったよ」


鬼  「普通、誰でも初めてでしょ」


吉川 「アレあるじゃん? オイルマッサージみたいの」


鬼  「え? ないですよ」


吉川 「リラックスできるやつ」


鬼  「そんなのないけど……」


吉川 「あれだ。油地獄」


鬼  「全然リラックスできないですよ。リラックスされちゃったらこっちの立場ないもん」


吉川 「えー? そうなの? 思ってたのと違うじゃん」


鬼  「どんなのを想像してたんだ」


吉川 「じゃ、鍼でいいや。針灸マッサージ」


鬼  「いや、針山地獄もそういう趣旨じゃないですよ」


吉川 「まじで? アロママッサージとかも?」


鬼  「腐臭しかしないと思いますけど」


吉川 「なんだよ。せっかく命の洗濯しに来たのに」


鬼  「そういうのは鬼のいぬ間にやってくださいよ」


吉川 「ふざけんなよ。それでも客商売かよ」


鬼  「いや、全然客商売じゃないです」


吉川 「そういうなめた態度がいけないの! なに開き直ってるの?」


鬼  「開き直りとかじゃなくて、本当に違うんだけど……」


吉川 「バカじゃないの? だいたい角とかいまどき流行らないんだよ」


鬼  「これは別に流行じゃ」


吉川 「もう全然ダメだよ。まず名前がダメ。地獄とかなんかイメージ悪そうだもん」


鬼  「いや、本当に悪いもんですから」


吉川 「だから! そういうマイナス思考がダメなの。もっと自信もって!」


鬼  「いやいや、自信もって悪いことしてるんですよ」


吉川 「やればできるんだから! 俺好きだよ。そういうなんていうか……不器用だけど本当は優しいみたいなね」


鬼  「本当に優しくないんですよ」


吉川 「わかった! 笑顔が足りないよ。好感接客していこうよ」


鬼  「そういう仕事じゃないもん」


吉川 「笑顔でいらっしゃいませだよ。ハイっ!」


鬼  「ハイっって言われても……」


吉川 「またお越しくださいませ! ハイっ!」


鬼  「そう、何度も来る場所じゃないかと……」


吉川 「なに? いいの? そんなので。いまどこもサービスで売ってるんだから。知らないよ? 後で泣きを見るのは自分だよ?」


鬼  「そんなこと言われても……」


吉川 「鬼の目にも涙だよ?」


鬼  「意味全然違うし……」


吉川 「はい、笑顔でいらっしゃいませ!」


鬼  「いらっしゃいませ……」


吉川 「NO! ダメだそんなんじゃ、固いよ!」


鬼  「いらっしゃいませ」


吉川 「そんな顔じゃお客さん帰っちゃうよ」


鬼  「いらっしゃいませ!」


吉川 「ダメだ。そんなんじゃ、もう来年にはつぶれるよ」


鬼  「いらっしゃいませっ!」


吉川 「そう! その笑顔だ!」


鬼  「来年のこと言われると、つい」



暗転

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