救急

吉川 「ぐはっ! 急にさしこみが」


藤村 「どうしたっ!? 吉川!」


吉川 「お腹が、お腹が痛くて死にそうだ」


藤村 「なんだってっ!? どうしよう、こんな往来のど真ん中でなんてこった」


吉川 「うぐぐぐ」


藤村 「これは緊急にオペを要するぞ」


吉川 「痛いよぉ。なんとかしてくれ」


藤村 「何とかと言われても、俺の腕でできるかどうか」


吉川 「いや、そうじゃなくて。別にお前の腕はハナから期待してない」


藤村 「ばかやろー! 俺を買いかぶるな!」


吉川 「使い方も間違ってるし、そうじゃなくて救急車を」


藤村 「まかせとけ! 救急車のモノマネなら十八番なんだ」


吉川 「そうじゃない」


藤村 「ウー! ウー! そこのオートバイ止まりなさい」


吉川 「しかもそれはパトカーのモノマネだ」


藤村 「しまった。あまりの緊急事態に狼狽して間違ってしまった。俺はなんてことを」


吉川 「いや、それはいいから。そこで後悔しなくていいから、早く救急車を」


藤村 「無理だ。いくら俺でも救急車を出すことはできないぞ。ハトくらいなら出せるけどそれでいい?」


吉川 「ダメだー! なんでこんな時にハトを出されないといけないんだ」


藤村 「平和の象徴だからだ」


吉川 「そうじゃなくて。救急車を呼んでくれ」


藤村 「わかった! 全てを俺に任せろ。カモーン救急車! カモーン!」


吉川 「違ーう! だいたい予想できたけどそうじゃないんだ。直で呼ぶな」


藤村 「畜生! こんな時に限って救急車呼び笛を忘れてしまった」


吉川 「そんなものない! なんだ、その中途半端な便利アイテムは」


藤村 「仕方がない。これだけは使うまいと思ってたが、この狼煙で」


吉川 「狼煙で呼ぶな! 電話で呼べ。普通に呼べよ」


藤村 「そうか。その手があったか」


吉川 「その手しかない!」


藤村 「もしもし! 交換局ですか?」


吉川 「どこにかけてるんだ! なに時代だ」


藤村 「ダメだ。どうやらここは圏外みたいだ」


吉川 「マジでー! あぁ、どんどん痛くなってきた。もう意識が……」


藤村 「吉川! しっかりしろ。遺産は! 遺産はどうする!」


吉川 「そんな話をするな。ものすごいいやらしいじゃないか」


藤村 「後のことは俺に任せろ。お前という男の伝説は俺が語り継いでいく」


吉川 「語らなくていいからなんとかしてくれ」


藤村 「お湯を沸かせて! 男たちはみんな出てってー!」


吉川 「産婆さんか。俺は何かを身篭るのか」


藤村 「それではオペを開始する」


吉川 「お前が開始するな」


藤村 「お前は俺を過大評価しすぎだ」


吉川 「してない! してないからオペしないで!」


藤村 「あっ! 見てみろ吉川。救急車だ。救急車が死神をつれてきたぞ」


吉川 「縁起でもない。そんなもんつれてこなくていい」


藤村 「よかったな。助かったぞ。峠は越えた」


吉川 「お前が俺にとっての一番の峠だ」


隊員 「大丈夫ですか?」


吉川 「えぇ。でも、なんで?」


隊員 「伝書鳩が……」


藤村 「ふぅ。もしもの時に備えてハト出しといてよかったな」



暗転

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