エイプリルフール

吉川 「なにか嘘をつこうと思ったんですが……」


教授 「嘘と言えば、エピメニデスだな」


吉川 「エピメニデス?」


教授 「うむ。クレタ人の哲学者じゃ」


吉川 「その哲学者がなにか?」


教授 「エピメニデスの言葉にこういう言葉がある。全てのクレタ人は嘘吐きである」


吉川 「はぁ」


教授 「これが世に言うエピメニデスの逆理じゃ」


吉川 「へぇ」


教授 「わかっとらんようじゃな。つまり、全てのクレタ人は嘘吐きだとクレタ人が言ったということじゃ」


吉川 「……ということは」


教授 「仮にクレタ人が嘘吐きだとしよう。するとどうだろう?」


吉川 「自分は嘘吐きだと言ってる事になりますね」


教授 「そうじゃ」


吉川 「でも、本当に嘘吐きなら、嘘吐きの逆である正直者であると言うはずですね」


教授 「その通り。吉川くんは飲みこみが早いのぉ。鵜並じゃ」


吉川 「いや、鵜は飲み込まないでしょ」


教授 「逆にクレタ人が正直者であったと仮定すると?」


吉川 「嘘吐きである。という発言がおかしくなりますね」


教授 「うむ。これが自己言及のパラドックスじゃ」


吉川 「なるほど」


教授 「論理学の基本であるのだけど、実はこれはもっと単純なことなんじゃないかとわしは思う」


吉川 「というと?」


教授 「エピメニデスの発言を俯瞰の視点で見てみるのじゃ」


吉川 「うーん、言ってることが難しいです」


教授 「つまり、メタ的視点。{『エピメニデスがこう言った』という話}と言う括りでひとつの解釈とする」


吉川 「なるほど。例えば『エピメニデスの逆理を言っている教授』ということですか?」


教授 「そう。そうするとそこには単純化された真偽が現れる」


吉川 「まだ難しいです」


教授 「要するに、わしは嘘吐きなんだけど、エピメニデスが全てのクレタ人は嘘吐きだといったという話をしました」


吉川 「つまり……全部嘘ってことですか? 自己言及のパラドックスも!」


教授 「そういうこと」


吉川 「でも、そんなこと言ったら、すべての論理学が崩壊するじゃないですか」


教授 「うむ。だから、これはある特定の一日にのみ許されることなのじゃよ」


吉川 「あっ! ……エイプリルフール」


教授 「そう。つまり一年に一度だけ解けるパラドックスの紐じゃな」


吉川 「そんな……」


教授 「ロマンチックだとは思わんか? 何千年と人々が悩んできた疑問が一年に一度だけ、織姫と彦星のように解けるんじゃ」


吉川 「……なるほど」


教授 「せめて今日一日は、思索の手を緩めようじゃないか」


吉川 「教授……なんか、かっこいいです」


教授 「だろ?」


吉川 「嘘です」


教授 「そういう人を傷つける嘘はいけないんだぞ!」



暗転

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