多重人格

医師 「わかりました。確かに、あなたは多重人格のようですね」


吉川 「そうですか」


医師 「ただ、いくつの人格があるのかが、まだはっきりしないんですよ」


吉川 「はぁ……」


医師 「多重人格の場合はですね。並列に存在する人格や上位人格などがあるわけです」


吉川 「はい」


医師 「あなたは、他の人格の記憶を持ってらっしゃる。つまり、他人格の時に自我があるわけですから、その場合は上位人格なのです」


吉川 「そうですね。私の中のいくつかの人格を見下ろしている感じです」


医師 「しかし、あなた自身が下位人格である可能性もあるわけです」


吉川 「どういったことでしょう?」


医師 「あなた自身が気づいていない上位人格が存在するかもしれないと言うことです」


吉川 「それはつまり……私の存在自体が作られたものであると」


医師 「その可能性があります」


吉川 「ふふふ……」


医師 「吉川さん?」


吉川 「ふはははははは!」


医師 「吉、吉川さん!? まさか……」


吉川 「失礼。つい、思い出し笑いを」


医師 「思い出し笑いか! こんなタイミングで」


吉川 「昨日見たガンダムのこと思い出しちゃって……ププ」


医師 「ガンダムにそんな笑う場所ないだろ」


吉川 「すみません。続けてください」


医師 「ビックリした。人格が入れ替わったのかと思った」


吉川 「ご心配かけました。もう大丈夫です」


医師 「特にあなたの場合はですね……」


吉川 「うぐぐ……っ」


医師 「吉川さん?」


吉川 「ぐがががががっ!」


医師 「しっかりしてください! 吉川さん!」


吉川 「……ぷはっ! 取れました。歯に詰まってた鶏肉」


医師 「今取るな! バカか」


吉川 「鶏肉は、歯に挟まると、取りにくい。今日の一句です」


医師 「いいから! 話を聞いてください」


吉川 「すみませんでした。つい、取り乱してしまって。鶏肉だけに!」


医師 「はいはい。面白い面白い」


吉川 「面白いこと言ってすみませんでした」


医師 「こんな不愉快な謝られ方は初めてだ。いいですか? もし、人格を統合した時に、あなた以上の上位人格がいるとですね……」


吉川 「クップップ~♪ クプップ~♪」


医師 「吉川っ! 人の話を聞け!」


吉川 「ププッピ~♪」


医師 「はっ!? まさか、本当に人格が?」


吉川 「プップ~♪」


医師 「あなたの、名前は、なんといいますか?」


吉川 「亜土ちゃんです」


医師 「亜土ちゃん!? 今までに報告されてない人格だ」


吉川 「どうですか? 私の水森亜土のモノマネ」


医師 「モノマネかよ! 今やるな! この事態をのみこめ!」


吉川 「あまりにも自信があったので、どうしても見てもらいたくて」


医師 「もうね、なんか、いいや。帰ってくれ」


吉川 「ごめんなさい! 似ててごめんなさい!」


医師 「そんなこと謝られたいんじゃない!」


吉川 「先生しか頼れる人がいないんですよ」


医師 「頼ってるようには見えない」


吉川 「周りの人たちは、みんな気持ち悪がって私のモノマネとか冗談を聞いてくれないのです! つい、寂しくて……」


医師 「吉川さん……大丈夫。力になりますよ」


吉川 「ありがとうございます」


医師 「ただ、先ほど述べたとおり、人格統合の際はですね、あなたの人格が消えてしまう可能性もあるわけです」


吉川 「そうですか……でも、私はやって欲しいと思ってます」


医師 「いいのですか?」


吉川 「もし、私が本当の元の人格ではないにせよ、私自身の人格も多重人格で苦しんでいることには変わりはありません」


医師 「そうでしょうね」


吉川 「ならば、その苦しみが癒えるなら、私は、喜んで取り込まれようと思ってます」


医師 「吉川さん、立派です」


吉川 「よしてください。怖いのも事実です。かっこつけてるだけですよ」


医師 「願わくば、あなたのような方があなた自身であって欲しい」


吉川 「それは無理な相談だな」


医師 「吉川さん?」


吉川 「お前と話していたあいつは、ちょっと眠ってもらったよ」


医師 「まさか、新しい人格!?」


吉川 「お前にいわせれば、そうかもな。もっとも、俺自身はずっと見ていたわけだが」


医師 「しかも上位人格か」


吉川 「そうだ。俺は俺自身の全ての人格を認識している。もちろん、亜土ちゃんもな」


医師 「亜土ちゃんは人格じゃないのに……っ!」


吉川 「クップップ~♪」


医師 「くそぅっ! さっきより、全然似てるじゃないか!」


吉川 「あいつのモノマネはあの程度さ。上位人格である俺が本気を出せば、このくらい」


医師 「なんてこった! 意味不明の手加減をされてたのか」


吉川 「ジョークだって全然面白いぜ!」


医師 「ちょっと興味がある自分が情けない」


吉川 「まぁ、そう簡単には見せないがな」


医師 「おまけにじらし上手だ! なるほど、これは本当に上位人格のようだ」


吉川 「まぁ、俺自身も人格が統合されることには大賛成だ。なんせ、常に俺が表に出れるんだからな」


医師 「そうとも限りません」


吉川 「なに?」


医師 「あなたの上に、さらに上位人格がいたとしたら。あなたも消える運命です」


吉川 「フフフ、その点なら大丈夫だ。俺は今だかつて意識を途絶えさせられたという記憶がない。つまり、俺の知らぬ間に誰か他の人格が俺の身体を乗っ取っているということは考えられないな」


医師 「そうですか。それともう一つ。あなた自身が常にいられるといいましたが」


吉川 「そうなんだろ?」


医師 「確かにそうです。が、他の人格が統合するこのにより、あなた自身の人格に影響を与えると言うことはよくあることなんですよ」


吉川 「すると、俺の性格に、あの甘っちょろいやつの性格が入り混じると言うことか?」


医師 「そうです。元々一つだったものを分けて併せるだけですから。もちろん上位人格を基礎としてプラスαという形にはなりますがね」


吉川 「俺が俺でいられるなら、多少のことは目を瞑るさ」


医師 「どうなるかわかりませんが、結果としては、それがあなた自身の人格ということになります。よろしいですね?」


吉川 「あぁ。いいだろ……うっ……うぐっ」


医師 「また鶏肉かっ!?」


吉川 「先生のお考えは全てうかがわせて貰いました」


医師 「声が違う! 口調も! まさか……」


吉川 「はい」


医師 「どっきりモノマネ?」


吉川 「違います。どっきりモノマネじゃありません。先生にはお初にお目にかかります。吉川です」


医師 「ということは……さらなる上位人格!?」


吉川 「はい。こうして人前に出ることはほとんどなかったのですが、私は全てのことを見守ってきました」


医師 「なんということだ……信じられない」


吉川 「そうですか? では証拠を……クップップ~♪」


医師 「亜土ちゃんだ! それも今までとは桁違いに似てるじゃないか! 顔や動きまで!」


吉川 「信じていただけました?」


医師 「いや、でもそれは、モノマネの技術の問題であって、あんまり証拠じゃないんじゃ……」


吉川 「先生は、私のことをどこまでご存知なんですか?」


医師 「いや、こうしてあなたに話したことだけです」


吉川 「そうですか。それは残念だ。せっかくこうして話をする機会ができたのに」


医師 「しかし驚いた。もういませんよね?」


吉川 「はい。私が吉川の最上人格です。元々、私が現実から逃避するために作り上げた人格が一人歩きしたわけですから」


医師 「そうですか。あなたには聞きたいことがたくさんある」


吉川 「できれば、知らないほうがいいと思われますが?」


医師 「そうですか。まぁ、人格統合後にも、話はできるわけですからね」


吉川 「それは……どうでしょう? まぁ、もしその機会があれば、お話はします」


医師 「では、あなたも人格統合に異存は?」


吉川 「ありません。お願いします」


医師 「わかりました。催眠療法など数々の方法がありますが、今回は薬を投与します」


吉川 「その薬を飲めば人格が統合されると?」


医師 「そうです。ただ、先ほど述べたように、厳密に言えばあなたもあなた自身でいられなくなります」


吉川 「下位人格が影響を与えるわけですね」


医師 「そういうことです」


吉川 「わかりました。薬を、お願いします」


医師 「これです」


吉川 「……先生、さよなら」


医師 「大袈裟な。性格は少々変わりますが、記憶がなくなるわけではありません。意外と何もないかもしれない」


吉川 「そうですか。では、飲ませてもらいます。……さよなら」


医師 「また、のちほど」


吉川 「コクンッ」


医師 「……」


吉川 「先生。色々とお世話になりました。そして、おかえりなさい。私の中に……」



暗転

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る