記憶

藤村 「思い出せ、吉川! 俺だ!」


吉川 「……だれ?」


藤村 「本当に記憶がないのか? 俺だよ!」


吉川 「あ、あぁ……クエンティン・タランティーノさん?」


藤村 「違う! 全然違う。そもそも日本人だ」


吉川 「クエンティン……タランティー雄?」


藤村 「だれだそれは。なに人なんだ」


吉川 「久遠寺くおんじ太良雄たらおさん?」


藤村 「タランティーノにこだわりすぎだ!」


吉川 「じゃぁ、何ティーノさんですか?」


藤村 「ティーノ関連じゃない。藤村だ」


吉川 「藤……村……? あの小学校の頃いじめられてた?」


藤村 「あぁ、そうだ! よく一緒に遊んだな」


吉川 「よく、ウンコを漏らしてたせいで、面白いあだ名がついていた?」


藤村 「あ、あぁ……そうだ。まぁ、そんなことはどうでもいい」


吉川 「あのあだ名……なんだっけ?」


藤村 「そんなことはいいじゃないか! 思い出したのか?」


吉川 「頭が……あのあだ名さえ、思い出せれば……」


藤村 「うんちょだよ! うんちょ! 思い出したか?」


吉川 「えー。意外と面白くない」


藤村 「なんだそれ! 数年来の恥をしのんでカミングアウトしたのに!」


吉川 「全体的にひねりがたりないね。うんこのくせに」


藤村 「ヒドイ言われよう……」


吉川 「そんなんじゃなかったよ。あったじゃん、変なあだ名」


藤村 「もうないよっ! これ以上、どんな屈辱的なあだ名があるんだ!」


吉川 「思い出した!」


藤村 「……え?」


吉川 「あだ名。藤村だよ!」


藤村 「それはあだ名じゃなくて、俺の名前だ」


吉川 「違う違う。お前のあだ名じゃないよ」


藤村 「え? え? 言ってる意味がわからない」


吉川 「うんこのあだ名。藤村」


藤村 「うんこの!? うんこに俺の名前がついちゃってるの!?」


吉川 「うんこ。学名、藤村」


藤村 「学名じゃないよ!」


吉川 「みんなは影でそう呼んでた」


藤村 「知らなかった……。ものすごいショックだ」


吉川 「でも、それ以外思い出せない……」


藤村 「なんで、そんな偏ったことしか思い出さないの!?」


吉川 「うぅ、頭が……」


藤村 「お、おい! 大丈夫か?」


吉川 「すみません。なんとかティーノさん、水を……」


藤村 「いや、ティーノ関連じゃないって! もう忘れちゃったの? 藤村だよ」


吉川 「藤……村……?」


藤村 「またそこからやり直しなのか」


吉川 「あの、痴漢で捕まって会社クビになった? あの藤村?」


藤村 「……あぁ。思い出したか?」


吉川 「援助交際しようとしたら、なんか怖い人が出てきてボロボロにされた挙句、14万とられた? あの藤村?」


藤村 「なんで、そんなことまでご存知なんだ」


吉川 「盗撮しようとして『ミニにシャコが……』という至高の迷言を残した、あの藤村?」


藤村 「もういい。そうだよ! その藤村だ!」


吉川 「来週死ぬという、あの藤村?」


藤村 「未来のことまで! 俺、死ぬの?」


吉川 「そうかぁ……あの藤村かぁ」


藤村 「ね、ね、俺死ぬの? 来週死ぬの?」


吉川 「ようやく思い出したよ」


藤村 「死ぬんだ? 来週死ぬんだ?」


吉川 「うるさいっ! 耳障りだ」


藤村 「いやだぁ。死にたくないよぉ」


吉川 「がぶり寄るなよ! 危なっ……うが!」


藤村 「あ、頭を! ……吉川? 大丈夫か?」


吉川 「……」


藤村 「吉……吉川?」


吉川 「う……う~ん、こ、ここは? あなたは……?」


藤村 「ま、まさか、頭を打ったせいでまた記憶が……」


吉川 「何も思い出せない。私は一体……」


藤村 「なんてこった! 神様! どうか吉川の記憶を!」


吉川 「思い出した! トイレに行きたかったんだ」


藤村 「それは思い出したと言うよりも、生理的に覚ったんだろ」


吉川 「とにかくちょっと、トイレで藤村してきます」


藤村 「覚えてんじゃね―かよ!」



暗転

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