師範

師範 「オスッ!」


吉川 「オスッ!」


師範 「山ごもりをしてからずいぶんになるな」


吉川 「そうですね」


師範 「かれこれ……200年くらいか」


吉川 「いや、そんなにしてないでしょ! いくらなんでも200年は長寿じゃないか」


師範 「山はカレンダーが無いからなぁ」


吉川 「それにしても200年はない」


師範 「うるう年とか計算してなかった」


吉川 「そういうレベルじゃない! まだ一週間くらいじゃないですか」


師範 「あれぇ、そんなもんだっけ?」


吉川 「たぶん、そのくらいですよ」


師範 「しかし我々も相当強くなっただろうな」


吉川 「そうですかねぇ?」


師範 「バカ。自分たちじゃ実感が無いんだよ。世間に出て見ろ、すごいことになってるぞ」


吉川 「そんなもんですかね」


師範 「試しに背中の亀の甲羅を下ろしてみろ」


吉川 「え……」


師範 「亀の甲羅だよ。最初に背負ったじゃん」


吉川 「あれなんですけど……。二日目くらいに謎の腐臭がしはじめたのでコッソリ処分しました」


師範 「バカヤロー!」


吉川 「すみません」


師範 「お前も捨てちゃったのか」


吉川 「お前もって……師範もですか」


師範 「やっぱ亀はだめだな。臭いもん」


吉川 「あれは完璧に腐ってたと思いますよ」


師範 「どうしよう……甲羅を取ったら強くなってる予定だったんだけど」


吉川 「なんか山に来ただけって感じですね」


師範 「しかし、山に来たのはもう一つ理由がある」


吉川 「なんですか?」


師範 「なんか倒すんだよ」


吉川 「え……」


師範 「あるじゃん? 牛殺しとか熊殺しとかそういう異名が」


吉川 「はぁ……」


師範 「なんか強そうな動物を倒して名をあげる」


吉川 「でも、この一週間他の動物見ました?」


師範 「それなんだよ。あんまり動物っていないね」


吉川 「あ、師範! 子リスです!」


師範 「なに!? 本当だ。可愛い!」


吉川 「どうします?」


師範 「ど、どうしようか?」


吉川 「一応リス殺しってことになりますけど」


師範 「やだよそんなの。可哀想じゃん」


吉川 「可哀想な上に弱そうですね」


師範 「もっとさ、象とか虎とかがいいよな」


吉川 「いないでしょ。山に野生の象は……」


師範 「飼おうか?」


吉川 「いや、飼うのも無理でしょ!」


師範 「飼ってさ、あんまりエサやらないの。飼い殺し」


吉川 「……師範?」


師範 「ごめんなさい」


吉川 「二人しかないんだから雰囲気とか考えて発言してください」


師範 「でもさぁ……基本的にダメなんだよなぁ俺。虫も殺せぬ性格だから」


吉川 「あー、私もダメです。血とか嫌い」


師範 「無理っぽいなぁ……」


吉川 「お腹すいてきたし……」


師範 「もう食料ないよ」


吉川 「まじすか!?」


師範 「まじ。瓦しかない」


吉川 「なんで瓦ばっかりこんなに持ってきちゃってるんですか」


師範 「だって、空手っていったら瓦じゃん」


吉川 「でも山ごもりで持ってこないですよ普通」


師範 「そう? でも割り放題だぜ?」


吉川 「別に山じゃなくても割り放題じゃないですか」


師範 「ほら、イライラしたら割るといいよ。ストレス解消に」


吉川 「そんなレジャー感覚で瓦割りなんかできませんよ」


師範 「俺割っちゃうぜ? ガシャーン!」


吉川 「ちょっ……なにやってんですか!?」


師範 「割ってるの」


吉川 「いや、手で割りましょうよ」


師範 「それじゃストレス解消にならないじゃん。手が痛くなるし」


吉川 「な……バカじゃないの? 空手家でしょ?」


師範 「俺はもう空手家よりも一段階上のレベルに登ってる」


吉川 「なに言っちゃってんだ」


師範 「もうすごい強いんだよ。200年も山にこもってるんだもん」


吉川 「こもってるだけじゃ別に強くならないですよ」


師範 「まじで!?」


吉川 「こもって何もしてないじゃないですか」


師範 「してるよ……寝たりとか……」


吉川 「自堕落な生活じゃないですか。ただ山で自堕落なだけ!」


師範 「自堕落でも山なら強くなるんだよ!」


吉川 「どういう論理だ。もうやってられないっすよ!」


師範 「どうする気だ」


吉川 「一人でも山を降りますよ」


師範 「そこまでいうならわかった。俺も連れてってくれ」


吉川 「……え?」


師範 「お前がそう言ってくれるのを待っていた。さぁ、連れて帰ってくれ」


吉川 「一人じゃ帰れないの?」


師範 「……うん」


吉川 「それ、山ごもりじゃなくて遭難て言うんじゃ……」


師範 「そうなんです」


吉川 「……師範!」


師範 「ごめんなさい」


吉川 「いったい何のために山ごもりに来たんだ」


師範 「いろいろこもったじゃないか!」


吉川 「何がだ。何一つこもってない」


師範 「バカヤロー!」


吉川 「痛っ! 瓦を投げないで下さい!」


師範 「その瓦をよく見てみろ!」


吉川 「はっ!? 何か書いてある……to 吉川 いつまでも変わらない愛を。from 師範」


師範 「瓦だけに、変わらない……っていう」


吉川 「……師範」


師範 「心が……こもってます」


吉川 「……師範!」


師範 「……吉川くん!」


吉川 「すっごいいらない」


師範 「う、うん……」



暗転

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