沼
藤村 「お恥ずかしい話、年甲斐もなくハマってしまいましてね」
吉川 「見ればわかります」
藤村 「いやぁ、ハマってみて初めてわかったんですが、これがまた奥が深い」
吉川 「そうなんですか?」
藤村 「はい、なんというか底なし感が漂いますね」
吉川 「大丈夫ですか?」
藤村 「まぁ、好きでハマってるわけですけどね」
吉川 「好きで。そうなんですか?」
藤村 「これがまた、意外と居心地が良くて」
吉川 「へぇ、でもそこ……沼ですよね?」
藤村 「沼です」
吉川 「好きでハマってるんですか?」
藤村 「好きというか、はじめは好奇心だったんですけどね。人が何かにハマることを『沼』なんて言うじゃないですか。そういう一生懸命な人の手助けをしたいなとお思いまして」
吉川 「それは言葉遊びの上の沼ですよ」
藤村 「でもおかげで今ならアドバイスできます。沼に近づくなって」
吉川 「そんな身を切るような警告は悲しすぎる」
藤村 「この歳になって誰からも相手にされないと寂しいもんですよ。せめて誰かの手助けをしたい。そんな思いってあるじゃないですか」
吉川 「しないと思いますよ。沼にハマったおじさんに相談は」
藤村 「わからないですよ? いるかもしれない。そうしたらもう、ズブズブの関係ですよ」
吉川 「もう首まで来てるじゃないですか」
藤村 「ははは、なんというかね、臭いのが難点」
吉川 「助けなくて平気なんですか?」
藤村 「いやー、たぶんダメでしょう」
吉川 「ダメって、急に弱気になってるじゃないですか」
藤村 「だって底なしっぽいもん」
吉川 「涙目じゃないですか!? なんか、ロープかなんか探します」
藤村 「いやぁ、たぶんあと一分もたないかなー」
吉川 「泳いだりできないんですか?」
藤村 「なんか妙にドロドロしてて、動くと余計沈むみたい」
吉川 「畜生! こんな時に限ってポケットティッシュしかみつからない」
藤村 「本気で探したんですか!?」
吉川 「本気ですよ」
藤村 「少なくともポケットティッシュよりは役に立ちそうなものが見つかりそうだけど」
吉川 「これでこよりを作ってなんとかロープ状にならないかなぁ」
藤村 「気の遠くなる話だ」
吉川 「あっ!? このジュンサイをつなげて」
藤村 「ぬるぬるしちゃってつかめないですよ」
吉川 「ジュンサイだもんなぁ」
藤村 「もうなんか、ダメです。もう、力が……」
吉川 「あの、こんな時になんですがなんで片手をあげてるんですか?」
藤村 「あ、これはスマホ」
吉川 「スマホ」
藤村 「ほら、水に濡れるとメモリー消えちゃうでしょ?」
吉川 「いやいや、その前にあなたが消えそうじゃないですか」
藤村 「あぁ、そうだった。気がつかなかった」
吉川 「つこうよ! そこは気がついておこうよ!」
藤村 「パニックになってました。この際スマホは諦めて両手で泳げば何とか」
吉川 「頑張って!」
藤村 「あー、やっぱ無理」
吉川 「そんな!」
藤村 「スマホ諦められないわ」
吉川 「そっちが無理か!? あなた、初対面でなんですけど、バカでしょ?」
藤村 「はじめまして、バカです」
吉川 「いや、自己紹介はいいから! じゃ、わかった。スマホをこっちに投げて」
藤村 「その手があったか。えいっ!」
吉川 「ナイスパス」
藤村 「その……携帯を……頼みます……」
吉川 「いや、託されたって困るよ。なにすりゃいいんだ」
藤村 「マナーモードに……」
吉川 「そんなのあとでやるよ! それを頼みたかったのか」
藤村 「もうダメだー。臭い。臭くて死ぬー」
吉川 「臭さでダメなのか。ガマンしろよ」
藤村 「鼻がー」
吉川 「はっ!? こんなところに都合よくポケットティッシュが! これを鼻に詰めて!」
藤村 「おぉ、助かりそうなアイテムが!」
吉川 「どうです?」
藤村 「匂いしなくなったけど。なんか口で臭いの嗅ぐのってより精神的ダメージがでかいよね? ダイレクトっぽくて」
吉川 「なんて細かいこと気にする人なんだ」
藤村 「そんなこといわれても」
吉川 「あ、あぁ! 助かりますよ!」
藤村 「なんで?」
吉川 「このポケットティッシュの裏の広告。ほら、沼の110番て!」
藤村 「あー」
吉川 「いったいどんな110番かわからないけど、かけてみましょう」
藤村 「お願いします」
吉川 「……」
藤村 「あ、スマホが鳴ってます、こっちに投げてください」
吉川 「はいっ」
藤村 「もしもし、沼の110番です」
吉川 「お前かよ」
暗転
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