記憶喪失

医者 「それでは何も思い出せない、と?」


患者 「えぇ」


医者 「ご自身のお名前も?」


患者 「はい」


医者 「記憶喪失かもしれません」


患者 「記憶喪失!?」


医者 「まぁ、一時的なものだと思います。しばらくすれば戻るでしょう」


患者 「どうしたらよいのでしょうか?」


医者 「そうですねぇ、無理に刺激を与えるのも良くないと思いますし」


患者 「ティ……ティモシー」


医者 「何か思い出しました?」


患者 「ティモシー・シャラメ。それが私の名前だった気がします!」


医者 「違います」


患者 「えー! なんで否定するの? せっかく思い出したのに!」


医者 「嘘だからです! 都合よく記憶を捏造しないでください」


患者 「そうなの?」


医者 「そうですよ! 濃いめの縄文人みたいな面構えして。日本人でしょうが」


患者 「わからない」


医者 「日本語喋ってる!」


患者 「アイ・ドン・ノー!」


医者 「もう遅い!」


患者 「ダメ?」


医者 「ダメとか良いとかじゃなくて。私が良いと言っても何の解決にもならないでしょうが」


患者 「いいの? ということは、私はティモシー・シャラメ」


医者 「良いとは言ってない。ダメです。ありえないほどの間違いです」


患者 「そんな。ティモシー・シャラメじゃないのに生きていく自信がない」


医者 「ティモシー・シャラメ以外の人はみんなそれで生きてるんですよ」


患者 「みんな可哀想」


医者 「あなた、ふざけてます?」


患者 「ふざけてませんよ。記憶を取り戻すのに必死で! あっ!?」


医者 「どうしました?」


患者 「思い出しました! なくようぐいす平安京!」


医者 「そんな昔のこと思い出さないで下さい」


患者 「あの頃は良かった……」


医者 「絶対嘘です。知ってるわけない!」


患者 「まったく、あの時の清盛っちときたら!」


医者 「すごい! 平清盛とマブダチだ」


患者 「最近は祇園精舎の鐘をヘビロテしてるんだよね」


医者 「あれは諸行無常の響きですからね」


患者 「満月を見ると思い出すんだよなぁ。清盛のあのイキったところ、嫌いじゃなかったよ」


医者 「ノっているところ申し訳ありませんが、平清盛は福原京の遷都ですね。300年くらいあと」


患者 「……もうちょっと早くに言ってくれても良かったんじゃないですか?」


医者 「本当に思い出したのか泳がせてみました」


患者 「まだどんどん思い出してるけど?」


医者 「それは記憶じゃなくて妄想です」


患者 「また思い出した」


医者 「いい加減なことを言わないで下さい」


患者 「お前に金を貸してた!」


医者 「はいはい。わかりました。安静にしていてください」


患者 「本当に思い出したんだって!」


医者 「無理をしたせいで記憶が混乱してるんでしょう薬を出しておきます」


患者 「うるさいっ! 金返せ」


医者 「仕方ありませんやむを得ませんが、ショック療法をいたしましょう」


患者 「な、なにを!?」


医者 「少し痛いかもしれませんが、我慢してください」


患者 「やめ……」


医者 「思い出さなければ、二度もこんな思いをしなくてすんだのに……」



暗転



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る