早まるな


吉川 「早まるなッ!」


藤村 「見ず知らずの人に止められる覚えはない」


吉川 「確かにそうだが、目の前で死のうとしてる人間をほうって置けるか!」


藤村 「放っておいてくれ! 俺は人生に絶望したんだ」


吉川 「生きていれば……生きていれば楽しいことだってあるじゃないか」


藤村 「例えば?」


吉川 「え?」


藤村 「例えば、楽しいことって何よ?」


吉川 「例えばって急に言われても……」


藤村 「ないんだ?」


吉川 「あるよっ!」


藤村 「じゃ、何?」


吉川 「えっと……。お、お祭りとか……」


藤村 「お祭り!? 人生に残された希望がお祭り! 縄文人か」


吉川 「いや、うそうそ。お祭りじゃなかった」


藤村 「嘘か」


吉川 「えっと……。アレとか……えーと……バカラ?」


藤村 「バカラ!? よりによってバカラ! 数あるギャンブルの中からバカラ!」


吉川 「違う違う! バカラなし! 今のナシね。え~と、鬼滅の刃」


藤村 「ほぉ、鬼滅の刃ねぇ……」


吉川 「じゃ、読書! 映画鑑賞!」


藤村 「急に当り障りのない趣味を出してきたな。履歴書じゃないんだから」


吉川 「もうないよ。俺は無趣味な人間なんだ……」


藤村 「そうだな。ではそういうことで」


吉川 「待った! ほら、あれだ。美味しいものとかあるじゃん!」


藤村 「例えば?」


吉川 「だから、例えばって言われても……。そんなのずるい」


藤村 「別にないんでしょ?」


吉川 「あるよ! 美味しいものいっぱい!」


藤村 「じゃ、何よ?」


吉川 「えーと……ほら、甘納豆とか」


藤村 「甘納豆!? なんて地味なものを推してくるんだ」


吉川 「美味しいじゃん! 甘いじゃん!」


藤村 「確かに甘いけど、甘納豆を食べるために今後の人生を生きると思うか?」


吉川 「なに? グルメ? グルマン気取り?」


藤村 「グルマン気取りって意味わからない」


吉川 「もう他にない」


藤村 「えー! 甘納豆がNo.1? それはちょっとどうかと」


吉川 「ち、違うよ! 甘納豆なんて、むしろ嫌いだいっ!」


藤村 「いや、別に好きでもかまわないですけど、なんで急に頑なになってるんだ」


吉川 「え~と、他に美味しい……あ、丼! 天丼とか!」


藤村 「はぁ、天丼」


吉川 「ダメ? 天丼」


藤村 「ダメって聞かれても。なんか胃にもたれそうで」


吉川 「なんだよ。あっさり派か。そういうことは初めに言ってくれないと」


藤村 「別にいいんすけど、あなた本当に天丼のために生きられます?」


吉川 「う……」


藤村 「これからの人生、楽しみは天丼のみ!」


吉川 「そ、それは……」


藤村 「じゃ、ダメじゃん」


吉川 「じゃ、アレだよ! あっさりしてるし。湯葉」


藤村 「湯葉!?」


吉川 「やっぱ今のなし。湯葉はない」


藤村 「自分で否定しちゃったよ」


吉川 「ゴメン。湯葉はなかった。さすがに先走りすぎた」


藤村 「はぁ」


吉川 「え~と、美味しいものでしょ? え~と……」


藤村 「もういいですよ」


吉川 「待って! ここまで出かかってる! 美味しい食べ物がここまで出かかってるの!」


藤村 「汚いなぁ。誤解される表現しないで下さい」


吉川 「ちくしょう! 思いつかない!」


藤村 「いいですよ。もう俺自殺止めますから」


吉川 「よくない! これはもう俺自身の問題だ」


藤村 「いや、俺は……」


吉川 「なんてこった。美味しい食べものが何もない。俺の今までの人生ってやつは……」


藤村 「そんなに悲観しなくても」


吉川 「どうせ俺なんて。趣味もないし、美味しいものも食べたことがない」


藤村 「いや、でもほら、きっとそのうち……」


吉川 「止めないでくれ」


藤村 「早まるなッ!」



暗転




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