サーカス


吉川 「大変ですよ。コロナの影響で!」


団長 「知ってるよ」


吉川 「コロナが来るコロナ」


団長 「よくもまぁ、このタイミングで自信満々で言えるな」


吉川 「そんなこと言ってるから、うちのサーカスは客が入らないんですよ」


団長 「そんなの関係ないだろ」


吉川 「ありますよ。コロナの前から客は来てませんでした。団長のズッコケピエロなんて、誰も見たくない」


団長 「おまっ……それは言い過ぎだろ! 俺が何年ズッコケピエロやってると思ってんだ」


吉川 「それですよ。何年もやってるような、古い芸なんて今更、誰も見たがりませんよ」


団長 「そんなこと言ったって……俺はズッコケピエロ一筋で……」


吉川 「そんなもんに筋立ててるから時代遅れなんです。そもそも時代錯誤ですよ、そのヒゲとか」


団長 「ヒゲは団長のアイデンティティだ」


吉川 「いまどき、そんなヒゲはプリングルスのパッケージくらいですよ」


団長 「威厳と風格を猛烈にアピールする完璧なヒゲだ」


吉川 「その封建的な考え方が古いんですよ。もっと時代を読まないと」


団長 「じゃ、なんだよ。流行りの真似するのか?」


吉川 「真似をしたら単なるパクリですよ。エッセンスを盗んでですね。さらに上を行く」


団長 「そ、そんなこと……できるのか?」


吉川 「下町のエジソンと呼ばれた、この私にお任せ下さい」


団長 「そんな呼ばれ方してたのか……」


吉川 「キッチンの食器棚にフックつけたら、すごく使いやすくなったでしょ?」


団長 「あぁ……。あれはすごく便利だ」


吉川 「それが主な発明です」


団長 「随分、地味な発明にとどまったエジソンだ」


吉川 「団長、サーカスとはなんだと思いますか?」


団長 「え? 突然そんなこと言われても……。えーと……夢と……魔法の……王国?」


吉川 「それはディズニーランドじゃないですか。パクらないで下さい」


団長 「じゃ……夢と魔法と金儲けの合衆国」


吉川 「いやらしい発想だなぁ。だいたい何を合衆してるんだ」


団長 「えへへ」


吉川 「違いますよ。サーカスとは、非現実空間です」


団長 「おぉ」


吉川 「日々の平凡な生活に、到底起こりえないようなことが実際に起きてしまう。 そのドキドキハラハラ感がサーカスの売りです」


団長 「なるほど。もっともらしい」


吉川 「というわけで、どれだけ非現実的になれるかどうかが成功の鍵となります」


団長 「ふむふむ」


吉川 「現在、あらゆるアトラクションは出し尽くされ、観客は非現実に枯渇しております」


団長 「そうだったのか」


吉川 「いまどき、ズッコケピエロで満足する客はいません」


団長 「ショボーン」


吉川 「危険だ危険だと言っても、実は成功するのを知っている。我々の影の努力を知っているのです」


団長 「やりにくい時代になったね」


吉川 「そこで! 観客の予想を裏切る」


団長 「おぉ!」


吉川 「到底できなそうな無理難題をこなそうとして、失敗」


団長 「ほぉ、でもそれじゃ……」


吉川 「そして、死ぬ」


団長 「えー」


吉川 「団長! サーカス存亡のために死んで下さい」


団長 「やだよ。なにそれ。そんなのダメだよ」


吉川 「これは新しいですよ。死ぬサーカス」


団長 「新しいとかじゃなくて、成立してないでしょ」


吉川 「これから時代を作ればいいんです」


団長 「無理だよ。だいたい、死んだら一回きりじゃないか」


吉川 「それもそうか。じゃ、バイトを雇って、毎日死んでもらいましょう」


団長 「そんな!」


吉川 「保険をかけておけば一石二鳥ですよ」


団長 「捕まっちゃうよ!」


吉川 「いきなり危ないことやらせようぜ!」


団長 「そんなんじゃ、バイトの応募も来ない」


吉川 「もう、ブランコとか綱渡りとか面倒臭いから、ただ単に高いところから落ちるの」


団長 「ただの投身自殺じゃないか」


吉川 「あ!」


団長 「なに?」


吉川 「来ましたよ! ひらめきました。この下町のナポレオン、ピコーンとひらめきましたよ! !」


団長 「え? ナポレオンだったっけ? エジソンじゃ……」


吉川 「これぞ、観客が求めていた非現実空間。団長! このサーカス、よみがえりますよ」


団長 「本当かね?」


吉川 「まず、団長が……殺します」


団長 「え? 何を?」


吉川 「人を」


団長 「えー?」


吉川 「逆転の発想ですよ。死んでダメなら殺してみな!」


団長 「逆転て……どっちも成立してないよ!」


吉川 「世界初、殺すサーカス。見ないと殺すぞ!」


団長 「脅しじゃないか」


吉川 「連日、新聞やTVでひっぱりダコですよ」


団長 「犯罪としてじゃないか」


吉川 「ニューヒーローの誕生です」


団長 「ヒーローじゃないよ!」


吉川 「ズッコケピエロ、メイクの下に隠された凶悪な素顔」


団長 「やだやだ。もっと子供達の人気者でいたい」


吉川 「団長! わがままは大概にしてください」


団長 「わがままって……いたって常識的な見解だ」


吉川 「そういった常識の囚われているからダメなんです!」


団長 「ダメって言われても……」


吉川 「この下町のヒトラーこと吉川の命令です」


団長 「いつのまにか、独裁者まで上り詰めた……」


吉川 「ねぇ~ねぇ~やろうよぉ!」


団長 「甘えだした。……わかった。一晩考える時間をくれ」


吉川 「まじで!? すげー、さすが団長。下町の団長!」


団長 「下町の団長って、別に異名じゃないね……。普通だね」


吉川 「じゃ、下町のおじさん」


団長 「完全に普通のおじだんだ」


吉川 「団長! いい返事を期待してますよ!」


団長 「吉川、俺がいなくなってもがんばってやりたまえ」


吉川 「団長、そんな寂しいこと言わないで下さいよ……」


団長 「お前の発案だろうが! この下町のマルキドサド!」


吉川 「て、照れるなぁ」


団長 「俺の、一世一代のイリュージョン、見せてやる」


吉川 「だ、団長……。あれ? 団長? どこいったんだ? ……あの野郎、逃げやがったな!」


声  「ハッハッハ。下町のプリンセステンコーこと団長のズッコケイリュージョンを見よ」


吉川 「団長、すごいです。下町のプリングルス団長!」



暗転




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