切腹

吉川  「本来ならば打ち首のところを、このような切腹の場をいただきまして、この吉川、感謝してもしきれません」


介錯人 「キエェェェ!」


吉川  「えっ! えっ!? もう? ちょ……ちょっと待ってよ!」


介錯人 「え? まだ?」


吉川  「まだだよ! バカ! 死んじゃうじゃねーか!」


介錯人 「だって、どうせ死ぬんじゃん」


吉川  「どうせとか言うな。まだ腹切ってないし、辞世もまだだ」


介錯人 「じゃ、とっととやってよ。もう疲れたよ」


吉川  「疲れたとか。俺の一世一代の切腹の場面を……」


介錯人 「あのさ……。長くなるんだったら、後でまた呼んでよ。腹切った後で、俺そこでお茶飲んでるから」


吉川  「いや、無理だよ! 腹切っちゃったら呼びに行けないだろ。歩いたら腸とか出ちゃうよ」


介錯人 「ちっ。わがままなやつだなぁ」


吉川  「わがままって。だって腹開いてるんだよ!」


介錯人 「そんなのおまえ、俺だって去年、盲腸やったよ」


吉川  「いや、盲腸とかじゃなくて」


介錯人 「下の毛全部剃ったよ」


吉川  「知らないよ、そんなの」


介錯人 「お前、下の毛剃って来た?」


吉川  「剃ってないよ! なんでだよ!」


介錯人 「なんでって、腹切るのに、下の毛剃らないとバイキンとか入るんだぜ」


吉川  「いや、バイキンとか関係ないし。盲腸じゃないから」


介錯人 「バカッ! バイキンはいったら死ぬぞ!」


吉川  「死ぬんだって! 切腹なんだから」


介錯人 「切腹の前に死ぬよ!」


吉川  「即死か。どんだけすごいバイキンが俺の下の毛にいるんだ」


介錯人 「まぁ、どうせ今からじゃ遅いか。できるだけ上の方切ったほうがいいぞ」


吉川  「人生最後に受けるアドバイスがこれだと思うと、やりきれないな……」


介錯人 「早くやろうよ。ちゃっちゃと終らせちゃおうぜ」


吉川  「急がせないでよ! 俺の寿命それだけ縮むんだぞ」


介錯人 「なぁ……。もう、切っていいでしょ? だるい」


吉川  「だるいって。腹切ってないのに首切られたら斬首じゃんか」


介錯人 「もう、それでいいよ。一緒だよどうせ」


吉川  「一緒じゃないよ。お家の名誉に関わるんだ」


介錯人 「名誉とか、バッカじゃない? 古いよねー」


吉川  「いいんだよ。古くて、侍なんだから」


介錯人 「あ、そう言えば、もうちょっとこっち来て」


吉川  「なんで?」


介錯人 「あんま、そっちだと血が塀に飛んじゃうから」


吉川  「うわぁ……」


介錯人 「掃除大変なんだよね。まじで」


吉川  「そんな言い方ってないわぁ」


介錯人 「迷惑だからあんまり血、飛ばさない様に」


吉川  「そんなこと言われても……」


介錯人 「一応、そっちの方はビニールシート引いてあるから」


吉川  「そんなものの上でするんだ」


介錯人 「多い日も安心だからね」


吉川  「妙にリアルな表現だな」


介錯人 「じゃ、もう切っていいかな~?」


吉川  「待ってよ! なんで、そんなタモリ風の言い方なんだよ、まだ辞世も読んでないよ」


介錯人 「じゃ、早く読んでよ。辞世」


吉川  「え……。あぁ……辞世の句。……もののふの、ゆめのまぎわに、さるすべり」


介錯人 「うーん。二点」


吉川  「二点!?」


介錯人 「ダメだね。パッションが足りない」


吉川  「いや、ダメとか言わないでよ。二点とか、なんで点数つけるかなぁ?」


介錯人 「例えばこんなのどう? これっきり、ビックリシャックリ、はらをきり」


吉川  「なにそれ!? なんなの? ビックリシャックリって」


介錯人 「ライムだよ。ラップっぽくしてみた」


吉川  「してみなくていいよ。やだよそんな辞世」


介錯人 「そうか? じゃ、こんなのは? 俺の~名前は~ミスタ~ハラキリ~♪」


吉川  「なんだよそれ! 五七調ですらない」


介錯人 「今日も靴下~互い違い~♪」


吉川  「まだ続くのか」


介錯人 「遺産は~介錯人に~すべてあげます~~♪」


吉川  「やだよ! 勝手に決めるなよ」


介錯人 「ダメ?」


吉川  「もう、何から何まで全部ダメだ」


介錯人 「一応、フリースタイルでいってみたんだけど」


吉川  「もういいから、わかったから邪魔しないでよ」


介錯人 「辞世も終ったから、あとは切るだけだね」


吉川  「そういうこと言うなよ!」


介錯人 「早く切っちゃえ切っちゃえ」


吉川  「お前……。絶対化けて出てやる」


介錯人 「うわぁ、そんなのお門違いだよ。こっちはリラックスさせようと、わざと言ってるのに」


吉川  「わざとだったのか」


介錯人 「そうだよ。緊張してると、鼓動が激しくなるからいっぱい血が飛ぶんだよ」


吉川  「やっぱり、掃除の問題か」


介錯人 「まぁ、気楽に行こうぜ! ダメなら次があるから」


吉川  「ないよ! これっきりだよ」


介錯人 「さぁ、しまっていこうぜー!」


吉川  「なんの掛け声なのかまったくわからない」


介錯人 「じゃ、1,2,3でいこうぜ」


吉川  「待ってよ! 自分のタイミングでいかせてよ」


介錯人 「こういうのはね、勢いで行かないとダメ」


吉川  「そんな、最後くらいちゃんとやらせて!」


介錯人 「しょうがないなー。じゃ、切ったら一間おいて介錯するからね」


吉川  「う……うん」


介錯人 「がんばって!」


吉川  「がんば……て……それでは……失礼致します。……ハッ!」


介錯人 「……キエェェェェェ!」


吉川  「イタッ!?」


介錯人 「安心せい。みねうちでござる」


吉川  「おま……マジ……ふざける……な……」



暗転



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