誘拐

吉川 「もしもし、吉川ですけど」


藤村 「どちらの吉川さんでしょうか?」


吉川 「息子が小学校で……」


藤村 「あぁ、吉川くんのお父さん。これはどうも」


吉川 「今お宅の息子さんがうちに着てましてね」


藤村 「あぁ。これはどうも、お世話になってます」


吉川 「息子さんは預かった。返してほしければ金を用意しろ。警察に連絡したら、息子の命は無いと思え」


藤村 「……え? 吉川さん? なんの冗談です?」


吉川 「冗談じゃない。誘拐だ!」


藤村 「そんな、吉川さん……」


吉川 「俺は、そんな名前じゃない!」


藤村 「いや。だってさっき自分で……」


吉川 「違う! 俺は誘拐犯だ」


藤村 「吉川さん、いったいなにを……」


吉川 「吉川じゃないっていってるだろ!」


藤村 「ちょっと、吉川さん」


吉川 「畜生! もういい! またかけ直す!」


藤村 「ねぇ、吉川さん? 吉川……、あ」


プルルルル……ガチャ


吉川 「誘拐犯だ!」


藤村 「吉川さん、冗談はよしてください」


吉川 「吉川じゃないって言ってるだろ!」


藤村 「だって電話番号が表示されてますよ」


吉川 「あっ! しまった! ……かけ直す」


藤村 「ちょっ……、吉か……」


プルルルル……ガチャ


吉川 「誘拐犯だ」


藤村 「着信番号非表示になってる」


吉川 「ようやく私が誘拐犯だとわかったようだな」


藤村 「いや、吉川さんでしょ?」


吉川 「違うっ!」


藤村 「吉川さんでしょ!」


吉川 「違うっ!」


藤村 「吉川さんじゃないですか!」


吉川 「違うっ!」


藤村 「じゃ、誰なんですか?」


吉川 「違うっ……ぁ……」


藤村 「え?」


吉川 「ぇ……え~と、チガウです」


藤村 「なんだ、チガウって」


吉川 「こんばんわ。チガウです。はじめまして」


藤村 「名前か! 無理がある! 吉川さん、それは無理がある!」


吉川 「え、え~と……チガ……ニカウです」


藤村 「なんだニカウって! コイサンマンか」


吉川 「今、アフリカからかけてます」


藤村 「嘘つけ!」


吉川 「おぉ! シマウマ発見! 今日はシマウマ鍋だぞ!」


藤村 「なんだ、シマウマ鍋って」


吉川 「というわけで、息子さんを預かっている」


藤村 「息子はアフリカにいるのか」


吉川 「……そうだ。今、シマウマを追いかけてる。……おい! もっと右だ右!」


藤村 「なんて貧困なイマジネーションなんだ……」


吉川 「返して欲しければ、14万円用意しろ」


藤村 「え。なんか、すごい現実的な値段だな……」


吉川 「お願いだから14万円用意しろ!」


藤村 「お願いされちゃっても……」


吉川 「警察に通報したら、息子をライオンのエサにするぞ」


藤村 「ライオン。いや、言いませんけど……」


吉川 「よぉし。ものわかりがいいな」


藤村 「じゃ、息子の声を聞かせてくださいよ」


吉川 「え、えー。それはダメだよ」


藤村 「なら、金は……」


吉川 「わかった! ちょっと待ってくれ!」


藤村 「はい」


吉川 「……でな……助けてーって言うんだ……わかる? ……助けてーって。……うん……」


藤村 「今、教え込んでるんじゃないか! 聞こえちゃってるぞ」


俊郎 「パパー!」


藤村 「俊郎か?」


俊郎 「あのね……助けて~。シマウマに食べられるー」


吉川 「違う! シマウマは食べる方だ! 食べられるのはライオン!」


藤村 「まる聞こえじゃないか」


俊郎 「パパ、助けて。ニカウさんが怖いの……」


藤村 「ニカウさんか……俊郎、よく聞きなさい。そこは、吉川くんの家だね?」


俊郎 「そうだよ。吉川くんの家だよ」


吉川 「ばかっ! 言っちゃダメだよ」


藤村 「わかった。迎えに行くから待ってなさい」


吉川 「いや、違うんですよ。吉川じゃないです」


藤村 「吉川さん……」


吉川 「すみません。本当は、吉川ニカウでした」


藤村 「下の名前か! ニカウが!」


吉川 「ハーフなんです」


藤村 「割とどうでもいい情報だ」


吉川 「調子に乗りました」


藤村 「まぁ。初めから、わかってましたからいいんですが……」


吉川 「それで息子さんなんですが……」


藤村 「はい」


吉川 「うちで夕飯食べて帰ってもらってよろしいですか?」


藤村 「あぁ。そういうことですか。ではお言葉に甘えて、お願いします」


吉川 「はい、では必ず送ってゆきますので」


藤村 「お世話になります」


吉川 「俊郎くん、OKだってさ。一緒にシマウマ鍋食べよう」


藤村 「それは本当なのか!」



暗転



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