ホームズ


ワトソン 「暇だねぇ……」


ホームズ 「ん?」


ワトソン 「暇じゃね?」


ホームズ 「やるべきことはいくらでもある」


ワトソン 「でも暇じゃね?」


ホームズ 「するとワトソン君、君は今暇なのか?」


ワトソン 「だから、そう言ってるだろ!」


ホームズ 「驚いた」


ワトソン 「驚かれたことに驚いたよ。依頼人とか来ないかなぁ……」


ホームズ 「来るだろな」


ワトソン 「わかるの?」


ホームズ 「いずれくる」


ワトソン 「そりゃいずれは来るだろうけど……」


ホームズ 「初詣の時のおみくじにもそう書いてあった」


ワトソン 「初詣行ったの!? イギリスなのに!?」


ホームズ 「お賽銭5ペンス入れたよ」


ワトソン 「5ペンス! 御縁がありますようにって?」


ホームズ 「御ペンスがありますように。って」


ワトソン 「意味わかんないよ! なんだ御ペンスって!」


ホームズ 「ペンスを丁寧に言うと御ペンス」


ワトソン 「いや、それはわかるけど、丁寧に言う意味がわからない」


ホームズ 「君はそんなこともわからないのか?」


ワトソン 「いや、わからないよ」


ホームズ 「私は君がわからないことがわからない。おあいこだな」


ワトソン 「なんだか有耶無耶にされたなぁ……」


ホームズ 「では、これから来る依頼人がどんな人なのかを推理することにしよう」


ワトソン 「そうだ! そういう知的ゲームがやりたかった!」


ホームズ 「まず、インド人じゃないな」


ワトソン 「えらい遠いところから消去法で来たなぁ」


ホームズ 「そしてゴキブリが嫌い」


ワトソン 「なんかずるいなぁ。そんなのだいたい嫌いじゃんか」


ホームズ 「あとでっかい夢を持っている」


ワトソン 「そんなの知ったこっちゃない。そもそも特徴じゃない」


ホームズ 「俺にもでっかい夢がある」


ワトソン 「別に聞いてない!」


ホームズ 「いつの日か、パチンコで二万勝ちたい」


ワトソン 「ちっちゃい! そのくらいちょっと頑張れば叶いそうだ」


ホームズ 「それを元手に株で大もうけ」


ワトソン 「二万を元手にとは心もとない」


ホームズ 「しかし幸せな時はいつまでも続かない……」


ワトソン 「いや、夢の話なんだから続いていいんじゃないの?」


ホームズ 「株が大暴落。全財産を失った挙句10マス戻る」


ワトソン 「10マス戻るっていう意味がわからないんだけど」


ホームズ 「もう、俺ッチだめズラ。生きていけないズラ」


ワトソン 「いつから田舎者キャラになったんだ」


ホームズ 「そうして絶望の淵に立たされたワトソン君」


ワトソン 「え? 俺!? 今の話は俺だったの!?」


ホームズ 「そんな人生の落伍者ワトソンを昔のよしみで援助してあげる大富豪のホームズ」


ワトソン 「勝手に人の将来を悲惨なものにしないでくれ!」


ホームズ 「いや、今のは極めて現実味を帯びた予測というものだ」


ワトソン 「やな事いうなよ! なんで落伍者なんだ。ずるい! そもそもお前はいつの間に大富豪になったんだ」


ホームズ 「それは長くなるので割愛する」


ワトソン 「お前の夢だろうが! なんで大半が俺の没落劇で語られちゃってるんだ」


ホームズ 「いや、君のことを思って言わずにいたんだが、本当はもっと悲惨な末路なんだ……」


ワトソン 「気を使ってそれか! というか、夢の話なのに何でそんなにひどい有様なんだ」


ホームズ 「これ以上は俺の口からはとても。気を落とすなよ」


ワトソン 「落とさないよ! しかし、確実に気分は悪くなった。畜生」


ホームズ 「まぁ、これはあくまでこれから予測される未来の一つのパターンとして」


ワトソン 「お前の夢だろうが!」


ホームズ 「予知夢というか」


ワトソン 「いつからそんな不思議能力者になっちゃったんだ」


ホームズ 「そんなわけで、依頼人の話に戻ろう」


ワトソン 「うわぁ、俺の気分は悪くしっぱなしか」


ホームズ 「依頼人は、実はおばあちゃん子だ!」


ワトソン 「なんだそれは」


ホームズ 「おばあちゃん子とは、おばあちゃんに溺愛された子供だ」


ワトソン 「いや、おばあちゃん子はわかる。だけどなんでそんな関係のない具体的な特徴が出てくるんだ」


ホームズ 「それはほら、インド人じゃないから?」


ワトソン 「なんで疑問形になっちゃってるの? 自信ないならはじめから言わなきゃいいのに」


ホームズ 「だいたいこんなところかな」


ワトソン 「え? 終りなの!?」


ホームズ 「現時点でわかることはこの位だ」


ワトソン 「それは何を根拠にわかっちゃったんだ」


ホームズ 「虫の知らせだよ」


ワトソン 「そんな意味不明なことを知らせに来る虫も虫だ。だいたい何一つとして絞れてないじゃないか!」


ホームズ 「結構具体的だと思うけど」


ワトソン 「インド人じゃなくて、ゴキブリが嫌いで、おばあちゃん子なのがか?」


ホームズ 「あと、でっかい夢も持ってる」


ワトソン 「そんな特徴どうでもいい! そんな人間はそこらじゅうにいるじゃないか!」


ホームズ 「インドには少ないんじゃないかな?」


ワトソン 「そりゃそうだけど、ここはロンドンだ! もっと、なんかあるだろう」


ホームズ 「それでは依頼人はターバンをかぶっているか、かぶっていないかについて」


ワトソン 「なんだそれは、インド人じゃないんだからかぶってないだろう」


ホームズ 「それは少々早計だな。ワトソン君」


ワトソン 「だって、普通ターバンなんて……」


ホームズ 「依頼人が普通じゃなかったらどうするんだ。謎のターバン一味かもしれない」


ワトソン 「なんだ、ターバン一味って」


ホームズ 「この世に、ターバンを巻く事を世に広め様と画策する秘密結社がいないと言いきれるのかね!?」


ワトソン 「そう、詰め寄られると……そうかもしれないけど」


ホームズ 「まぁ、多分巻いてないだろうな」


ワトソン 「なんだよ! いま、物凄い怖い顔で詰め寄ったくせに! あっさり引いちゃうのか」


ホームズ 「ターバンなんてむしろどうでもいい」


ワトソン 「自分から言い出したくせに」


ホームズ 「依頼人よりも、どんな依頼かについて推理してみよう」


ワトソン 「ようやく確信にせまってきた」


ホームズ 「まず殺し……。これは怖いから却下」


ワトソン 「怖いからて! 推理するって言ったくせに、思いっきり個人的な感情じゃないか」


ホームズ 「だって死体とかやだもん。殺人犯とか怖いしさ」


ワトソン 「そりゃ、怖いけど。却下ってしちゃっていいのか?」


ホームズ 「いいの! ここでは俺がルールブックだ!」


ワトソン 「何を断言してるのか理解できない」


ホームズ 「殺しじゃないとすると、失せ物だな」


ワトソン 「何かを探していると」


ホームズ 「物をなくす人間なんてたいていおっちょこちょいだから、ターバンは巻いてないな」


ワトソン 「またターバンか。しかもなんでおっちょこちょいだとターバン巻いてないんだ」


ホームズ 「ほら、巻いてるときにこんがらがっちゃうじゃない?」


ワトソン 「そういうものなのか?」


ホームズ 「そういうものなのだよ」


ワトソン 「全然説得力がない」


ホームズ 「何……? 私の推理に説得力がないだと?」


ワトソン 「いや、推理じゃないじゃないか」


ホームズ 「ワトソン君、君はいつから私にそんな口をきけるようになったんだ?」


ワトソン 「だって、めちゃくちゃじゃないか。ターバンとか」


ホームズ 「そんな口きいてると、君が没落した時に救いの手を差し伸べてあげないぞ!」


ワトソン 「また夢の話か」


ホームズ 「では実証してさしあげよう」


ワトソン 「実証て」


ホームズ 「ワトソン君、君はおっちょこちょいだな」


ワトソン 「え。いや? そうかなぁ。別にそれほどひどいとは思わないけど」


ホームズ 「いいや! 君はロンドンきってのおっちょこちょいだ。ミスターおっちょこちょい」


ワトソン 「ミスターとまで?」


ホームズ 「そんな君にプレゼントがある」


ワトソン 「俺はミスターおっちょこちょいだったのか」


ホームズ 「これだ」


ワトソン 「それは……ターバン?」


ホームズ 「そう。ターバン」


ワトソン 「ええ!? どうしたの??」


ホームズ 「ベイカー街で拾った」


ワトソン 「だからさっきからターバンに固執してたのか」


ホームズ 「うるさい! このおっちょこちょいめ!」


ワトソン 「何もしてないのに、なんで罵声を浴びてるんだ?」


ホームズ 「つべこべ言わずに、このターバンを巻きやがれ! このミスターズッコケめ!」


ワトソン 「ズッコケって……おっちょこちょいじゃなかったのか。間違っちゃってるじゃんか」


ホームズ 「おっちょこちょいは長いから言いにくい!」


ワトソン 「そんな理由でまたもや不名誉な命名をされてしまったのか」


ホームズ 「黙れ! ターバンをまけ! このスットコドッコイ!」


ワトソン 「もはや、ミスターすらなくなった。わかりました。つければいいんでしょ?」


ホームズ 「早くぅ!」


ワトソン 「待ちなさい! 子供か。って……これ……なかなか難しいな」


ホームズ 「早くしてよぉ!」


ワトソン 「いや。これってどうやるんだろ? 巻けばいいわけ?」


ホームズ 「適当でいいから早く巻いてよぉ!」


ワトソン 「適当でって……これを……こうして……なんかすごい右側の方がもっこりしてない?」


ホームズ 「うん、もっこりしてる」


ワトソン 「いいのかな? 一応これで終ったけど」


ホームズ 「ハハハハハ! 変なの~!」


ワトソン 「うわぁ。指差して笑われたひどい」


ホームズ 「似あわねー!」


ワトソン 「自分で巻けって言ったくせに」


ホームズ 「すげえおもしれー! 誰かに見せてぇ~!」


ワトソン 「ちょっ! やめてよぉ! 鏡ない? 自分でも見たいんだけど」


ホームズ 「ほら、これ」


ワトソン 「うわぁ。なんかすごい右側だけ大きくなっちゃってる!」


ホームズ 「これで実証されたな」


ワトソン 「え? なにが?」


ホームズ 「おっちょこちょいはターバンを巻けない!」


ワトソン 「いやいやいや。違うって! これはおっちょこちょいだからじゃなくて、初めてだからで」


ホームズ 「うるさい! 現に変なターバンになってるんだから文句は言わない」


ワトソン 「なんか、全然納得できません」


ホームズ 「ププー! おもしれー頭! これちょっとハドソン夫人にも見せちゃおう!」


ワトソン 「や、やめてよぉ!」


ホームズ 「いいじゃん、せっかくだから見せないともったいないよ!」


ワトソン 「何がせっかくなんだ、何がもったいないんだ。私の自尊心はどうしてくれるんだ」


ハドソン夫人「ホームズさん、依頼人の方が……」


ワトソン 「わっ!」


ホームズ 「あ、ハドソン夫人。ちょうどよかった。今、呼ぼうと思ってたんですよ」


ハドソン夫人「あら、でも依頼人の方がいらっしゃって……」


ホームズ 「じゃ、ちょうどいい。依頼人の方にも見てもらいましょう」


ワトソン 「やめてーーー!」


依頼人「はじめましてホームズさん! 私のターバンを捜してください!!」


ホームズ 「え……え~と……犯人こいつ!」


ワトソン 「えー!?」


ハドソン夫人「まぁ、さすが名探偵」



暗転



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